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Vol.140 それぞれの「存在」を認めるということ

医療ガバナンス学会 (2019年8月14日 06:00)


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薬剤師(宮城県仙台市)
橋本貴尚

2019年8月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今回は、標記について考えることがありましたので、この場をお借りして申し上げたいと思います。

まず、僕の知り合いで精神科医をしている東徹氏が、以下のクラウドファンディングをしておりますので、案内申し上げます。

・「引きこもり文学大賞」を受賞したい(目標額:30万円、期限:2019年8月30日)

https://readyfor.jp/projects/hikikomoribungaku

東氏が考える意図については上記のアドレスをご参照頂きたいのですが、それとは別に、僕がこの企画に大いに期待するところがあります。それは、「社会的に隔絶されてしまった人とそれ以外の人は、互いに共生できる」ということを示せるかもしれない、ということです。一つ僕の身近な例を紹介します。

僕が所属している薬剤部には、うつ病をお持ちで、障害者枠で雇用された50代の男性事務員が2018年10月から勤務しております。この方と約10ヶ月余り一緒に仕事をさせて頂き、これを機に振り返ってみたいと思います。
ちなみに、匿名で紹介することについては本人の許諾は受けております。さらに、本文にも目を通してもらっています。ですので、なるべく包み隠さず、しかし、できるだけ公平な視点で申し上げたいと思います。また、ひどい物言いもあるかもしれませんが、きれい事は言いたくありません。

事務員を「障害者枠」で雇用する方針が決まった当時、当薬剤部では不安がありました。その後、見学会が催されましたが、知的障害がある者や、首に大きなスカーフをしている者(「首つりの後?」なんて噂しました)、常にぼーっとしているため施設の職員が手を持って誘導している者など、様々な方がいらっしゃいました。普段見慣れない光景に、「恐れ、おののいた」が、正直な気持ちでした。
薬を扱う職場である以上、知的障害があったり、薬が上手に扱えない行動をするようでは就業は難しい、ということで、現在の事務員が採用になりました。しかし、10月の就業開始までの期間、当薬剤部では様々な(根も葉もない)憶測が飛び交いました。例えば、「いきなり、『わー』っと騒ぎ出すのではないか」といった内容です。今思い返すと、こういった思考は、無知がなせる技だと思いました。

2018年10月、男性事務員の仕事が始まりました。僕が、以前の見学会で対応したご縁で、引き続き教育担当になりました。初めの頃は、認定NPO法人Switch( https://www.switch-sendai.org/  、閲覧日:2019年8月1日)の担当者が頻回に立ち会っていました。その後、徐々に回数を減らし、今では必要時のみの訪問となっています。事務員の仕事が始まった当時の薬剤部の雰囲気を振り返りますと、「どこかぎこちない」、「遠くで様子見」みたいな感じだったように思います。我々薬剤師は、基本、薬剤師の世界しか知らないので、「異なる人」がいることに慣れていないのです(他の職種も同様ですかね)。
事務員の主な業務は病棟から請求があった医薬品の取りそろえであり、その他、書類の印刷や掃除があります。掃除についても、調剤棚の拭き掃除や、抗がん剤調製後の安全キャビネット周辺の拭き掃除などがあり、医薬品の飛沫を吸い込む可能性を考えますとハイリスクと言えます。
僕は手探りで新しい業務を教えていきましたが、一つ新しい業務を教えると次の日休む、という状態が続きました。そのたびに「教えすぎたのかな?」と悩む、それの繰り返しでした。
天気が悪くなると、事務員は仕事を休むことがありました。「朝、体が動かない」という話でした。

就業時間は、初めは15時15分までの時短勤務で、その後17時まで延長しました。僕の中では「少しずつ慣れてきたかな」と安心していました。しかし、「かかりつけ精神科医などと相談し、やっぱり時短に戻す」という話を受け、内心「自分の対応がまずかったのかな」とがっかりしたのが、正直な気持ちでした。

月日は流れ、現在、時短勤務ではありますが身も心も「薬剤部の一員」として仕事を頑張っています。雨でも仕事に来るようになり「(橋)あれ、低気圧ですけど大丈夫?」「(事)えぇ、今日は大丈夫みたいです」なんて冗談を言い合ったり、ある薬剤部員とは音楽談義で盛り上がったり(音楽CDを交換し合い、文通ならぬ『音楽通』をしております)、一緒に焼き肉を食べに行ったりなどしております。当時と今を比較すると、なんとも不思議ですよね。
ある時、「今の職場が、今まで働いた中で一番働きやすいです」と言ってもらえ、僕の中で凝り固まっていた何かがほぐれた感覚があったのを思い出します。さらに、「今の時短勤務が限界です。見た目何ともないので、『サボっているのではないか』と誤解されることが多いです。それが一番辛いです。」と語っておりました。心に残る言葉です。

職場で今の関係性があるのは、多分、「事務員の『存在』」を、皆が認めたからではないでしょか。「それぞれの『存在』を認める」ということは、発想としてはとても単純だけど、実行するのはとても難しい、ということを僕は教わりました。
事務員は、昔、漫画家を指向されていました。本原稿を書くにあたり、昔書いたイラストをお借りしたのですが、どことなく芸術作品のような雰囲気を醸し出しております(僕だけ?)。(写真)

我々の医療の世界が最も顕著ですが、それ以外の世界でも「職種や肩書きに基づくヒエラルキー」が蔓延しています。さらに、「生産性」の尺度で人間の価値観を測る傾向があります。しかし、これらのフィルターで見る限り、その人の本質は決して見えてきません。僕は、事務員と日常を共有することを通じ、ほんの少しではありますが、「その人の、本当に良いところ」を見ようとする意識が芽ばえたかもしれません。「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」という言葉を、皆さんと分かち合いたいと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございます。うつ病の素人である僕が偉そうに書いてみましたが、「互いに共生できる」一つの事例と捉えていただければと思います。
次は、「引きこもり文学大賞」が持つ「目に見えない大切なこと」を慮(おもんぱか)っていただければ、大変幸いに存じます。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_140.pdf

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