医療ガバナンス学会 (2010年4月5日 07:00)
ところが、今のがんセンターはどうか。細分化した部門がそれぞれ部分的、個人個人で活動して、組織としてのまとまりに欠ける。運営局、病院、研究所の組織図は部門や部署ごとに細切れになっており、とりわけ運営局では運営局長の責任が重くなっていた。病院長であっても部長人事や、看護師など医師以外の職種の人事に口出しできない。これでは、自分たちの手で患者のために良い病院にしたい、という熱意も冷めるばかりであったろう。これまで病院の舵取りを、有形無形の障壁を乗り越えながら、患者と現場の臨床医、研究者のために粉骨砕身してきた土屋了介前中央病院長の労苦はいかばかりであったか。
個々の能力は優れていることが、却って組織としての運営理念や経営方針を議論するときの壁になるという姿は、5年前に既に法人化を遂げた、かつての大学の教授会を彷彿とさせる。NIH(米国国立衛生研究所)、NCI(米国国立がん研究所)のような、研究と臨床の連携、使命と責任が明確な組織図にはなっていない。かつては東北大学、山形大学から若手の大学院生10数名を国立がんセンターに送っていたが、彼らの口からはついに研究所と病院の連携という話を聞くことは無かった。
高度専門医療に関する研究等を行う独立行政法人に関する法律(2008年12月施行)に基づき独立行政法人国立がん研究センターとして新たな組織に生まれ変わるのは、まさに国民から与えられた”ラストチャンス”である。医療の姿は時代とともに変化しても、プリンシプルは明確に、そして国民に対して明快なものでなければならない。独立行政法人とは、民間ではできないこと、国の医療政策として国民の負託に応えることを、国からの出資と委託を受けて業務を行う事業体である。自立、自律、自浄がなければその組織はもはや無用の長物である。
【ガバナンスの明確化、そして機能と教育に必要な組織再編が第一歩】
潤沢な臨床の環境と研究資金がありながら、臨床医学ランキングではがんセンターは世界218位、研究では801位と、旧帝国大学の後塵を拝する。これが現在のがんセンターの厳然たるエビデンスである。誰が悪い、ということではなく、明らかに制度疲労を起こしている。厚生労働省が親にいて、その上で乗っかるかたちの管理運営部門は補正予算が降ってくるのを待つという構図である。責任の所在が不明確で、ガバナンスの乏しい、硬直化した組織と指令系統は改めなければいけない。大学法人も文部科学省から自立することを経て、使命と理念を自ら考え、自律することで世に問うてきた。
独法化を機に、組織図を新たにする。広報室を設置し、オフィシャルな情報開示を積極的に行う、センターとしての方向性を打ち出していくとともに、責任の所在を明確化する。理事として岩坪威先生(東京大学大学院医学系研究科神経病理学、薬学系研究科臨床薬学教授)が研究・評価を担当、新井一先生(順天堂大学医学部附属順天堂医院院長、脳神経外科学教授)には臨床・広報・施設を担当していただき、町田睿氏(フィデアホールディングス取締役会議長、北都銀行会長)は経営・業務改善を担当。明るい方で、経営のプロをお迎えした。病院長は私が兼任し、研究所長は中村祐輔先生(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長、ゲノムシークエンス解析分野教授)が兼任する。そして土屋前中央病院長(現 財団法人癌研究会顧問)には外部評価委員会委員長として入っていただいた。独立行政法人のナショナルセンターとして、がん患者さんに起こる、医学的、社会的、精神的問題などを解決する組織、世界トップ10のがん研究と医療を展開し、定員枠にとらわれない人員配置と広い人事交流をしていく。組織のための組織図ではなく、使命を果たすための機能と教育に最適な組織再編こそが新生独立行政法人の第一歩である。
【患者のため、国民のため、職員のためのがん研究センターを目指して】
重要な取り組みは調査、研究、技術開発、先進医療の提供、教育、政策立案、そして国際ネットワークの構築である。がん登録すらしっかりできていない。がんが発生したときから情報を蓄積し、創薬研究や政策に活かしていく。研究では、患者・現場の視点からの問題を発掘し、基礎研究、トランスレーショナルリサーチ、創薬研究の推進や、ドラッグラグ、適用外使用問題の解消が急務。診断技術開発では、オーダーメイド医療、創薬ゲノムや遺伝子研究の人材育成やデータベース整備などの研究体制を構築する。創薬に関して言えば、コホート研究との連携が必要、現在世界に伍する大規模なものは米国ユタ州、英国、そして日本の山形コホートしかない。環境要因も同定し、創薬に結びつけていく。先端医療を開発し、技術を開拓することで、治療のスタンダード、アルゴリズムを自ら書き換えていくのががんセンターの役割であり、大学や大学病院を含めて、広く抗がん剤、放射線機器開発のトップリーダーとなるための人材を集め交流の場とし、研究の対外連携、国際共同治験を進めていく。もはや医療を金食い虫とは言わせない、国家戦略と位置づけていく。こうした営みを全国に広げていくことこそが均てん化の実現であり、そのための現場の専門家による政策立案をしていく。あくまでも主役は職員全員であり、これから正規職員を増員し、福利厚生も向上していく。私は全国医学部長病院長会議・大学病院の医療事故対策に関する委員会委員長として医療事故の様々な議論に関わったが、リーダーが責任を逃れ、現場に責任を押しつけている病院が未だに多すぎる。「事故で個人を責めない」ブレームフリーにすることで、原因と予防策がわかれば患者に還元でき、それが患者と医療にとって利益になる。事故の報告書には看護部長と主任部長と病院長の名前は出すが、当事者はきちんと対応すれば組織で守るというのがトップの責任の在り方であろう。
患者・家族、地域に広く情報を発信し、全国のがん診療連携拠点病院とタッグを組んで強いネットワークを作っていく。夏までにアクションプランを、全職員が一丸となって作っていくことになる。ぜひこれからの新生国立がん研究センターにご指導とご支援いただきたい。