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Vol.161 看護のパラダイムシフト 病院での看護から在宅での看護へ

医療ガバナンス学会 (2019年9月18日 06:00)


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オレンジホームケアクリニック
常俊千絵

2019年9月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、現在、福井県のオレンジホームケアクリニックで勤務する看護師です。
在宅医療へ携わるようになったのは、2年ほど前です。それまでは、主に三次救急を担う医療機関の救命センターで勤務していました。看護師を志した時から、救命を勉強したいという思いが強く、病院就職の際は積極的に救命センターを希望し、重症集中ケアや術後ケアの領域を学びながら、院内、院外のBLS、ACLSの活動に取り組んできました。
救命を学びたいと思った理由は、高校3年生、夏の、ある出来事がきっかけです。

母が突然自宅で倒れました。
夜中、家族が寝静まった時間帯に倒れていたようですが、数時間経過した早朝、起床した父が発見し、私たち兄妹を起こして父が蘇生処置を開始しました。兄が救急車を呼び、私は何もできず母の横でただ、助かることを願っていました。家族に医療関係者はいなかったため、父は適切な蘇生処置はできませんでしたが、どこかで見たことを思い出し、必死で処置を行いました。救急車が到着し救急搬送されましたが、倒れてから処置を開始するまでにすでに、時間がかなり経っていたこともあり、蘇生後戻ることはなく搬送先の病院で死亡確認となりました。
母の死後はたくさんの方々に助けられ、その現実を受け入れることはできましたが、完全に消化するまでには時間がかかりました。悔しい気持ちが強かったと思います。こんなにも、あっという間に命は消えてしまうのか、という失望感もありました。「もっと、母と、共に時間を過ごしたかった、もっと話がしたかった」そのような思いは、消えませんでした。
ただ、家族の大切さを知り、家族で過ごせる時間を大切にしたい、家族を守りたいと思うようになりました。高校卒業後、3年間迷った結果、家族に何かあった時に役立つことを勉強したい、同じような状況の人の役に立ちたいという思いから「看護師を目指そう」と心が決まりました。少し遅れてからの進学でしたが、無事に看護学校を卒業し就職。約8年病院勤務をしたのち、結婚を機に一旦病院での勤務を終了し、福井へ移住することになりました。
福井へ来てからは、出産、子育ての傍、大学へ進学し、病院の非常勤勤務をしていました。病院は、やはり救急を担う医療機関の救命センターを選び、非常勤ではありましたが、ICUにて勤務をしていました。
そのような時、様々な機会で訪問看護師不足という言葉をよく耳にするようになり、訪問看護という分野に興味を持つようになりました。これまで、救急領域での経験しかない私にとっては、未知の領域でしたが、病院で治療や処置を受けた後、自宅に戻られた患者さんはどのように生活しているのか、どのように自宅療養しているのか、とても気になり、見てみたいという気持ちが湧いてきました。そして、研修のため看護協会へ訪れた時、偶然、訪問看護支援室という部署の方に声をかけていただき、勧められ、在宅医療の分野に飛び込むこととなりました。

在宅医療という分野は、病院とは全く違う世界でした。
在宅には、病院ではみられない、療養者や家族のリラックスした表情や笑顔、その人らしさを彩るものがあり、病院という環境が中心になっていた私の感覚は、180度変わりました。看護師としての考え方も、在り方も、変える必要があると感じました。

病院では、患者さんの情報を収集する際、年齢、性別、主病名、既往歴、合併症の有無などを確認した上で、その情報をもとに身体面を中心に、血行動態や神経症状、ADLなどの観察を行なってきました。
訪問看護においても、事前に見る部分は同じですが、利用者さんの身体を見ると同時に、訪問先の自宅に飾ってある置物や壁にかけてある写真、身につけている服や生活環境などが目に入り、身体面だけではなく、日常生活も観察し、その方やご家族が、これまでどのような人生を送ってこられたのか、何を大切に生きてこられたのか、という部分に思いを寄せるようになりました。そして、その部分を大切にしたいと思うようになりました。

以前受け持った方のことを書かせていただきます。
89歳男性、主病名は慢性腎不全。ケアハウスにて生活をされていました。定年までは中学の社会科教師をされていた、とても知的な方でした。立ち上がりや歩行の際には足に痛みがあり、動作がかなり緩慢で自宅内で歩行器を使用していましたがADLはほぼ自立していました。しかし、外出は難しく訪問診療、訪問看護、ヘルパー、デイサービスなどを利用して生活をされていました。性格は穏やかで無口な、会話も少ない方でした。長年独居で、面会に来られる家族は妹さんのみ。娘さんがいらっしゃるとのことでしたが、絶縁状態であるということを施設の方からお聞きし、それ以上の情報はなく、ご本人もご家族のことを話すことはありませんでした。
数学がとても好きな方で、訪問すると難しい数学の問題を出され、解けずに悩んでいると、得意気に笑って解説してくれていました。数学のことになると話が止まらず、訪問時間を過ぎてしまうこともあるくらいでした。それでも家族のことに話が及ぶと、ぱったり黙ってしまいました。これまで、どのような人生を送ってこられたのか、詳しくはわかりませんでしたが、様々なことを経験されてきた今、ここで穏やかに過ごしておられることこそが、この方の生き方なのだろうと思い、このまま、穏やかに、ご自宅で過ごしていけることを支えていきたいと思うようになりました。
訪問開始して半年以上経過した頃、肉眼的に血尿が見られたことがあり、病院にて精査する必要性を感じたため、医師とともに必要性をお話ししたことがありましたが、ご本人は受診を望みませんでした。その後も、喉の違和感を訴えられ、受診の必要性を感じたこともありましたが、その時も希望されず受診はされませんでした。身体面を考えるなら、受診を勧めるべきだと思いましたが、医師も、施設で関わってこられた方も、これまでの関わりの中で、ご本人の意向を大切にしたいという思いが一致し、受診を強く勧めることはせず、ご自宅で様子を見ることになりました。以降ADLが徐々に低下し自立した生活が難しくなったため施設を移られ、訪問看護は終了しましたが訪問診療のみ継続しています。

在宅では本人を中心とした様々な職種が関わり、それらの役割は多方面から、本人の生活を整えていくサポーターであると考えます。病院での療養生活においては、医師や看護師の役割は非常に大きいと感じますが、在宅では、医師も看護師も、その方の生活のほんの一部に過ぎず、脇役として存在しているように感じています。これまで病院の看護師として、専門的な知識や技術力を高めることに重きを置いてきた私の看護観は変化し、その人らしい人生を送るために、身体面や生活面を整えるサポートをしていくことに重きを置きたいと思うようになりました。

病院と在宅、どちらも経験して思うことは、病院という組織は、それぞれの職種の役割が明確になっていることで、連携が取りやすく、専門分野を深めることができます。患者さんから求められるものも、高い技術や知識、専門性であるとも言えます。

一方、在宅は、多くの職種が関わり、それぞれの役割の認識が明確ではなく、知識は、専門的・医療的なものだけではなく生活に関するものも求められます。求められるものは、時には、専門性よりも、関係性が勝ることもあると感じています。

また、在宅は、関わりが長期になるため一人の人、その家族の人生と向き合う、非常に奥深くやりがいのある分野です。しかし、在宅医療が新しい分野であるがゆえに、まだ十分に確立されていない部分が多く、常に必要に応じた改善が必要であると感じます。看護師の教育に関しては、病院とは全く別のプログラムが必要であると考えます。

私自身、訪問看護をしていて、とてもやりがいのある仕事であると思う一方で、病院の勤務よりも仕事に対するモチベーションを保つことが難しいと感じています。実際に退職していく看護師も、退職を考えている看護師も多いのが現状です。

なぜモチベーションを維持することができないのか、ハーズバーグの二要因理論を用いて考えると、少しその要因を考えることができます。ハーズバーグの二要因理論とは、アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーツバーグが提唱した職場満足及び職場不満足を引き起こす要因に関する理論です。仕事における満足と不満足を引き起こす要因に関する理論で、「満足」に関わる要因(動機づけ要因)と「不満足」に関わる要因(衛生要因)の二つがあり、その二つは別物であるとする考え方です。
動機づけ要因には、達成、承認、仕事そのもの、責任、昇進、成長などの要因が含まれ、衛生要因には会社の方針や管理、監督、人間関係、労働条件、給与などが含まれ、衛生要因をいくら取り除いても、満足感を引き出すことには繋がらず、仕事の達成感を引き出すには動機づけ要因にアプローチしなければならないというものです。

その理論を用いた時、訪問看護師がモチベーションを維持していくことが容易ではない理由が、訪問看護の特徴とも関係しているのではないかと思いました。
訪問看護は、ご自宅に看護師一人で向かい、一人で状況を判断し、ケアを行います。一人で活動することで、行なっている看護内容や、訪問先での状況が表面化されにくいという特徴があります。また、それぞれの看護師が始業とともに各々の訪問先に向かうため、病院に比べカンファレンスやミーテイングを行う機会が非常に少ないことも、訪問看護の特徴と言えます。そして、新しい分野であること、小規模なステーションが多いことなどの理由から確立した教育プログラムや、成長を評価するシステムの構築が難しいと考えられます。

活動や訪問先での状況が表面化されにくいことから、周囲のスタッフや他職種からは役割を理解されにくく、評価を受けにくいと考えられ、それらの特徴は、ハーズバーグの動機づけ要因である承認が得られにくいと考えられます。また、教育プログラムが十分に確立していないことからは、必要なスキルを獲得しづらく、成長を評価するシステムの構築がない場合は、成長を感じにくく、達成感が得られにくいため、昇進、成長などの要因において満足が得にくいとも考えられます。

衛生要因においても、訪問看護師の業務は、ご自宅へ出向き、ケアを一人で行うため体力的な負担は大きいと言えます。ステーションにおいて人員が不足している場合が多く、一人にかかる負担が大きくなることも稀ではなく、その要因にもアプローチしていかなければ、職場に対する不満足が増し、モチベーションを低下させてしまうと考えます。

看護そのものに対して、やりがいを感じ、高いモチベーションを持って仕事に当たっていたとしても、それを維持していくためには、個人の努力だけではなく、組織として訪問看護師のモチベーションを維持できるような取り組みが必要であると考えます。

動機づけ要因に関して、教育プログラムの構築、成長を感じられるような評価システムの構築、定期的なカンファレンスを行い、看護師間や他職種間での情報共有を含めたコミュニケーションの場を増やしていくことで、看護師の活動や役割に対する周囲からの承認が得られ、モチベーションの維持に効果があるのではないかと考えます。

衛生要因に関しては、管理体制の見直しや、個人の負担軽減のための人員配置の見直し、労働条件の見直しなどを適宜行なっていく必要であると考えます。

訪問看護師不足という社会的な問題の背景には、訪問看護の特徴が動機づけ要因、衛生要因の両方が満たされにくいことが影響していると考えられます。

先の研究によると、訪問看護の中でも、重症度も緊急性も高く、医療的処置も多い小児の訪問看護は、成人や高齢者よりも希望者が少なく、実際に小児の訪問看護を行なっている看護師は多くの困難を感じていることがわかりました。

そこで、この度、私は、小児訪問看護について看護研究を行うことにしました。
私は、訪問看護を始めるまで、小児の訪問看護の対象となる医療的ケアが必要な子どもや、発達に障害のある子どもたちとは、ほぼ関わったことはありませんでした。小児看護の臨床経験もなく、小児の訪問看護師として活動することには、とても不安がありました。
しかし実際に訪問看護を行なったとき、専門的な知識や技術の有無に関わらず、生きていくために困難に立ち向かう子どもたちや、それを支える家族をみて、私が、看護師を志した時の、初心を思い出しました。家族で過ごせる時間を大切にしたい、家族を守りたい、そのような状況の人の役に立ちたいという初心。訪問先には、家族の絆があり、親子、家族で共に過ごす時間を大切にしたい、という家族の強い思いがありました。
そのような子どもとその家族の支えとなれる訪問看護をしていきたいと思った時、私は、訪問看護をこれからも続けていきたいと思いましたし、その思いが私自身のモチベーションになっています。
看護師一人一人に、それぞれのモチベーションがあり、それを維持していくことで、仕事にやりがいを感じ、向上心を持って仕事に当たることができると考えます。そのためは個人の努力だけではなく、動機づけ要因や、衛生要因などを考慮した組織の取り組みが必要であると考えます。
小児訪問看護に関しては、成人や高齢者に比べ不安を感じる看護師が多く、モチベーションを維持していくことは容易ではありません。近年小児訪問看護師の不安や困難に関しての質的研究は増えています。どのような対策をすれば看護師の不安や困難を軽減できるのか、看護師のモチベーションを維持してくためには何が必要かということを分析し、訪問看護の教育体制の整備の一助になることを目的に行なっていきたと考えています。今後、在宅で療養する人や家族を支える訪問看護師を新たに志す人、この仕事を続けていきたいと思う人が増えることを願っています。

病気や障害を抱えていても、地域の住民が住み慣れた環境で、その人らしく生活できるように、また、できる限り長く、大切な家族と充実した時間が過ごせるようサポートしていけるような訪問看護師を目指すとともに、地域全体で利用者のニーズに対応できる訪問看護の体制が整っていくよう研究活動も続けていきたいと思います。

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