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Vol.162 急速に増える在宅医療、その問題点と解決策 ケースその1:「誰が私の主治医なの?」

医療ガバナンス学会 (2019年9月19日 06:00)


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この原稿はJBPRESS(9月3日配信)からの転載です。

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57491?fbclid=IwAR3sujEMG2CVHh3lSQu6PR7rXo5zwWtzU3sY6JXK_fsedADyjayUKuXF-UI

看護師、保健師、看護学修士、医療ガバナンス研究所研究員
樋口朝霞

2019年9月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

誰が主治医なのか――。

進行性の乳がんを患う60代後半の女性と話していて疑問に思った。彼女は有料老人ホームに入局、併設されているクリニックの医師の訪問診療を定期的に受けている。
それに加え、月に一度、別の病院の乳腺外科の外来で抗がん剤治療を受けている。
どちらの医師に対しても、「先生にお任せします」と伝えており、「先生たちがいいようにやってくれている」と信じている。

しかし、彼女は不安に思うことがあった。
乳がんの専門医を受診する際には、定期的に血液検査を受け、プリントアウトされた結果が渡される。それを訪問診療の医師に採血結果を見せた。
その医師は、「(肝臓の障害の程度を示す)ASTが少し高めですね。薬を飲んだ方がいいかもしれません。何か聞いていませんか。」と言ったそうだ。

乳がん専門医からは、採血結果について何も言われておらず、内服薬の変更も指示されていない。
彼女は医師と会うと緊張してしまい、訪問診療の医師の指摘について不安に思うことを打ち明けることができない。一人で不安と付き合うことになった。
医師の何気ない一言が患者に大きなストレスを与える。私は、このことが在宅医療では特に問題になりやすいと考えている。
在宅医療を受ける患者が急増している日本で看過できない問題だ。

初めに、患者の治療経過について説明する。左乳房のしこりを本人が自覚したのは、2014年頃。
ところが、彼女はすぐに病院を受診せず、病変が10センチほどに増大し、自壊しても放置していた。病院を受診したのは、2016年2月に自宅で転倒し、骨折したためだ。
職場から駆けつけた息子の判断で、救急車でA病院に搬送され、乳がんの骨転移による左大腿骨骨折と判明した。
詳しい検査で、転移は骨折したところだけでなく、肺、肝臓、右頭頂骨に生じており、ステージⅣの乳がんで予後不良であることが分かった。本人と家族は病状の説明を受けた。
彼女は放射線治療と抗がん剤治療を受けた。幸い、治療は奏功した。

左乳房の自壊創の傷跡は残るが、病勢は落ち着いた。ただ、骨折の後遺症のため、治療後も車椅子での生活を余儀なくされた。
一人でトイレへ移動できず、介助が必要となった。独身の息子と同居していたが、仕事で家を空ける時間が長いため、住宅型有料老人施設に入居することとした。
この施設から病院に定期受診する際には、息子が仕事を休んで送迎してくれている。
2019年1月、A病院の定期受診で右リンパ節転移が確認された。主治医と話し合ったのは息子だ。
息子が「先生にお任せします」と伝えたところ、アブラキサンという抗がん剤の注射が始まった。
今回も抗がん剤は奏功した。副作用のため、両手の親指から中指にかけて軽い痺れがあるものの、日常生活に影響するレベルではない。
治療は上手くいっているのに、訪問診療の医師から不安になるようなことを指摘されてしまった。
どうしてこのようなことが起こるのだろうか。

私は医師同士の連携に問題があったと考える。普段から患者の治療方針について連絡を取り合っていれば、患者を不安にさせることはなかっただろう。
「どうして、医者同士が連携しないのか」とお考えの方も多いだろう。
確かに、入院医療では医師間の連携は容易だ。病院の中では同じ電子カルテを使用し、医局や院内の会議などで顔を合わすことが多いからだ。
しかしながら、在宅医療は違う。異なる医療機関に勤務する医師が電子カルテを共有することは稀だし、顔を会わせることも少ない。
積極的にコミュニケーションをとらない限り、情報は共有できない。さらに、医師は高度に専門的な職業だ。
医療ガバナンス研究所の上昌広医師は「相手の治療を詳細に聞くことは、失礼にならないかと遠慮することもある」と言う。
どちらかの医師がもう一方の医師に指図するなど考えられない。電話一本と思うかもしれないが、そのハードルは高く、よほどの患者の状態変化がなければ連絡しないことが多い。

日本の保険制度の問題もある。
患者は外来受診ができる場合、専門医療と訪問診療の提供者は別々のことが多い。今回のように、両方のサービスを受けようとすれば、独立した2つの医療機関と契約することになる。
医療費は保険組合から、それぞれの医療機関に別々に支払われる。2つの医療機関が連携する経済的なメリットはない。
医療においては医師と患者の間に情報の非対称が存在する。患者が「賢く」なって、それぞれの医師を「自分にいいように活用」するのは難しい。
この問題を解決するには、患者の代理人となる医師の存在が有用だ。今回のケースでいうと、A病院の医師か、訪問診療の医師かのどちらかがこの役割を担うことになる。

私としては患者により身近な存在である訪問診療の医師が代理人になるのがよいのではないかと考える。
どのように医師が代理人となるのか。一つのアイディアとしては、診療報酬の支払いの流れを変更することにある。
専門医の受診が必要な場合には、訪問診療医から専門医に「業務委託」するのはどうだろう。
代理人たる訪問診療医は患者、あるいは保険組合から医療費を受け取り、委託された専門医は訪問診療医から報酬を受ける。
この仕組みなら自然に委託先の専門医は代理人の医師に病状や患者への説明を報告する。そうしなければ、次から仕事が回ってこないからだ。

もう一つは、クラウドを用いた電子カルテを普及させることだ。
海外では医療記録をクラウドに保管し、医療機関、患者の双方がアクセスするサービスが立ち上がっている。
日本でもエムネス(本社広島市)が開発したルックレック( https://www.mnes.org/service_cloud/ )というクラウドの電子カルテがある。
実際に見せてもらったが、操作が簡単で、非常に使いやすいと感じた。このカルテの特徴は、情報保持の主体は患者と医療機関の双方であることだ。
在宅医療において、このようなクラウドの電子カルテを使い、複数の医療機関の医療者もこれを共有すれば情報共有すればいい。
やり方は簡単で、専門的な領域の診察を依頼された医師は、アプリをダウンロードすれば、患者の医療記録にアクセスすることができる。
重要な情報は共有しやすくなり、見逃しによる患者への不利益を減らすことができる。このようなサービスはまだ初期段階だが、早晩、実用レベルのものができるだろう。

「先生にお任せします」と言い、「先生たちがいいようにやってくれている」と信じている患者が入院医療から在宅医療へ安心して移行できる環境をぜひ整えたいものだ。

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