医療ガバナンス学会 (2019年9月24日 06:00)
この原稿は月刊集中9月末日発売号からの転載です。
井上法律事務所所長 弁護士
井上清成
2019年9月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2 医療提供関連死は死因究明等推進基本法の適用除外
そのような厳しい現実が連鎖すれば、それこそ医療そのものが崩壊してしまう。しかしながら、一般社会に生じる諸々の死亡事象については、死因究明を推進していかなければならない。この矛盾とも評しえそうな難しい要請を調和すべく構想された政策が、死因究明における医療提供関連死とこれ以外の一般の死亡との二区分論であった。
この二区分論の下で令和元年6月6日に成立したのが、死因究明等推進基本法である。
現に、いわゆる医療事故等々(医療提供関連死)は、この死因究明等推進基本法の適用対象から、はっきりと除外された。法律の「第6章 医療の提供に関連して死亡した者の死因究明に係る制度」の第31条で、「医療の提供に関連して死亡した者の死因究明に係る制度については、別に法律で定めるところによる。」と明示して別枠だと規定されたのである。
なお、ここに言う「別に法律で定めるところ」とは、「医療法」での定め、つまり「医療事故調査制度」にほかならない。したがって、「医療提供関連死」は、死因究明等推進基本法からその適用を除いて、もっぱら「医療事故調査制度」に依らしめたのであった。
これこそが立法府による政策選択の結論である。
医療者や行政官などの一部には、この立法府による明確な政策選択をあいまいなものにしたいと指向する方々がおられるかも知れないけれども、そのような指向は法治国家たる我が国においては許されない。ここに念のために特に強調しておく。
3 医師法第21条の立法政策的な位置付け
このような概観をしてみると、医師法第21条(異状死体等の届出義務。なお、「異状死」ではない。)の立法政策的な位置付けも、自然と明らかになるであろう。
結論から言えば、医師法第21条の立法政策的な位置付けは、主に死因究明等推進基本法の適用対象分野の方に多く存するのである。死因究明等推進基本法の適用対象外である医療提供関連死(いわゆる医療事故等々)に関しては、医師法第21条の主要な位置付けからは、立法政策的に少し外れているとも捉えうるものと考えられるかも知れない。
それは、死因究明等推進基本法の側から見れば、仮りに医師法第21条によって届出がなされて死因究明をしようとしたとしても、それが医療提供関連のことだとわかれば、主として「医療事故調査制度」等の方に回されることになるからである。医療提供関連死に関しては、「医療事故調査制度」やこれに準ずる院内検証システムなどは大きな役割を果たすものの、医師法第21条は余り大きな意味は持っていない。
また、それは医師法第21条の側から見れば、医師法第21条は「異状」とだけ認められるものを拾い上げているのであって、決して「医療事故等々」に着眼して拾い上げるものではないからである。もちろん、誤解のないように付け加えれば、「異状」と認めて拾い上げたものの中には結果として「医療事故等々」も無いわけでは無い。しかし、それはあくまでも結果論であって、「医療事故等々」だから拾い上げているわけではなく、もっぱら「異状」と認めたから拾い上げただけのものなのである。
4 医師法第21条は医療事故を想定していない
かつて田村憲久厚生労働大臣は、「医師法第21条は、医療事故等々を想定しているわけではない」という名答弁を行った。平成26年6月10日の参議院厚生労働委員会でのことである。
以上の次第からすれば、田村大臣の名答弁たるゆえんが十分に理解しうるであろう。医師法第21条は決して、「医療事故等々」という類型に当たるから届け出ろ、などといったことは要求していない。医師法第21条は、「異状」と認めたら届け出ろ、と要求しているのみである。もちろん、「異状」と認めて届け出られたものの中に、多くはないであろうが実際には「医療事故等々」も含まれていることもあろうし、それはそれとして当然のことであろう。しかしながら、結果として含まれてしまう「医療事故等々」は少ない方が望ましいのは、もちろんのことなのである。