医療ガバナンス学会 (2019年10月21日 06:00)
この原稿は月刊集中10月末日発売予定号からの転載です。
井上法律事務所所長
弁護士 井上清成
2019年10月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.監査中に「医者になりたかったんでしょ。」と執拗に
判決文では、以下の通りに、事実認定と法的評価がなされた。
その指導医療官は、「平成21年2月26日実施された本件監査の際の原告(筆者注・監査対象者たる歯科医師のこと)との質疑応答の中で、原告に対し、『医者になりたかったんでしょ。』『医師になりたかったんでしょ。周りが医師だし、ねえ。』『よく口腔外科医でいますよ。医者になりたくって、歯科医師しかなれなくて。自分が医者になれなかった。』『医学部受けたって医学部落っこってるでしょ。』等と発言しているものであるところ、」指導医療官の「これらの発言は、その内容からして本件監査の目的とは全く関係のない不適切なものであるのみならず、その内容及び回数からして、歯科医師としての原告個人を執拗に誹謗中傷し、原告の名誉感情を害することをのみを意図としたものであったと解するほかはない。」
以上によれば、上記指導医療官の発言は、「故意に原告の名誉感情を害するものとして、原告に対する不法行為を構成するものというべきである。」
上記指導医療官の「不法行為は、静岡事務所の指導医療官の職務として、公権力の行使に該当する本件監査の実施中に行われたものであるから、国家賠償法上違法であることは明らかであり、被告国は、国家賠償法1条1項に基づき、上記不法行為によって原告に生じた損害を賠償すべきこととなる。」
指導医療官の「不法行為によって原告に生じた精神的損害(名誉感情を害されたことによる精神的損害)に対する慰謝料は、20万円とするのが相当である。」
と判示されたのであった。
3.指導医療官による侮辱発言
静岡地方裁判所は、ズバリと事の本質を判示したのである。「歯科医師としての原告個人を執拗に誹謗中傷し、原告の名誉感情を害することをのみを意図したもの」と断じたのであった。
つまり、今時の言い回しであったら、「上から目線」とか「ハラスメント」、特に「パワーハラスメント」とでもいうところであろう。刑法で言えば、侮辱罪が最も近い。刑法231条は、「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。」と規定しているのである。その指導医療官の発言は、まさに「侮辱」と評しえよう。
厚生労働省の正規の個別指導とか監査とかの場で、地方厚生局所属の指導医療官が公務の名を借りて、逸脱した「上から目線」発言・「パワハラ」発言・「侮辱」発言などをしてはならない。実は、その事件の静岡地方裁判所は、かなり行政に偏った、必ずしも適正とは評しがたい関連判決をしていた、というのが実態であった。しかし、その行政に偏ったその時の静岡地方裁判所の裁判官達にさえ、さすがに目に余る指導医療官の暴言だったのであろう。だからこそ、その裁判官達でさえ、この国家賠償責任を認める判決に至ったのである。それこそ、その監査の際の実情はまことに酷いものだったと評しえよう。
なお、また別の折々に、その原告本人のきちんとした名誉回復のための多くの機会が必要である。ここでは取りあえず、1つの事実だけを付け加えておく。それは、その指導医療官の侮辱発言の内容は、客観的にも明らかな誤りだったということである。原告本人は歯学部に受かって積極的に歯科医師になったのであるが、実は医学部「にも」受かっていたのであった。この1つの事実だけでも明らかな通り、「侮辱」というに留まらず「虚偽」でもあったのである。こういう具合いであるから、何をか言わんやという類いの侮辱発言だったと言わねばならない。
4.侮辱があったら直ぐに国家賠償請求を
以前ほどは、誹謗中傷が多くはなくなって来ている感じではある。しかし、今もって、陰湿な誹謗中傷や侮辱が残っているという噂も絶えない。
いずれにしても、今後もしも万が一、個別指導や監査において、指導医療官が誹謗中傷や侮辱をしたならば、誹謗中傷や侮辱をされた医師や歯科医師は、直ぐに国家賠償請求訴訟を提起すべきである。その場合、以上に述べた判例に従えば、国は約20万円の精神的損害(慰謝料)の賠償を余儀なくされることであろう。
以上のように、皆が頑張って、「侮辱があったら直ぐに国家賠償請求を」という手立てを履践するならば、今もって根絶やしにできていない(らしい)指導医療官の暴言(侮辱、誹謗中傷)を、ストップさせることができるのである。(なお、慰謝料として約20万円の損害賠償を認めてくれるというのは、現行の裁判実務からすると、他の同じ程度の事例と比べても決して低い方ではない、ということを最後に付言しておく。)