医療ガバナンス学会 (2010年4月7日 07:00)
~2010/2/26 – 3/7 コスタリカ滞在~
兵庫医科大学病院 血液内科
海田 勝仁
2010年4月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
兵庫県とコスタリカの医療協力は30年以上前に始まった。当時尼崎の病院に勤務してい一人の医師がコスタリカに内視鏡の技術を導入した。コスタリカは胃癌の死亡率が高く、日本からの内視鏡技術の導入のプロジェクトは高く評価されている。30年以上経過した今でもコスタリカの新聞に記事が載るくらいである。
コスタリカの食事の代表といえば、カサドといってライス、黒豆煮込み、肉または魚の焼物、サラダ、焼バナナがプレートに乗った定食みたいなものがある。
ライスは日本の米より固くてパサパサしている。他にはカヨペントといってライスと黒豆の炒め物だったり、オヤカルネといって肉と野菜の煮込みなどがある。オヤカルネは日本でいうおでんみたいなものでなかなか美味しい。
基本的にライスと黒豆が中心となり、野菜、フルーツなどが取り込まれる内容である。コーヒーとチーズはよく出てくる。乳製品はプロセス処理があまりされないせいかラクトースの含量が多く、外国人はよく下痢になるそうだ。
コスタリカの医療制度は中米では一番安定している。Social security center (以下SCCと略す)といって日本の厚生労働省にあたるものが、国の医療、年金を扱っている。コスタリカの政府の中で一番強い力を持っている。
収入のある労働者は収入に応じて税金とは別に月に1万前後をSCCに収め、収入のない者は支払わない。国民は国立の医療機関を受診する場合には医療費は無料である。
年金に関しては退職後に生活に必要な年金が支払われる。
病院に関しては首都のサンホセに国立の中心的医療機関が4つあり、そのうち成人用が3つ、小児用がひとつであり、病床数600床規模の病院である。
専門医による治療が必要な場合はすべての患者がいずれかの病院に紹介されてくる。地方には小規模の病院、診療所が存在し、患者は住む地域によって受診する病院が決まっており、専門治療が必要な場合にも、首都近郊にあるどの専門病院に受診するかは決められている。
医療へのアクセスがひとつの問題となる。
首都のある盆地は標高1000m以上の高地にあり、緯度から想像する以上に涼しく快適である。この盆地内に大きな町は集中しており、全人口の1/3が居住する。この盆地に住む人はよいのだが、盆地外の地域から患者が来るとなると、整備の不十分な道路を車で何時間もかけて来ることになる。
コスタリカは小さな国といえど列車がなく、高速道路が各地域に張り巡らされているわけではないため、地方から首都まで来るのは半日仕事となる。救急車もこの距離を相手にするのだから大変である。
ちなみにコスタリカの道路では日本車が大活躍である。トヨタ、スズキ、ニッサン、、ミツビシホンダなどをよく見かける。地方の道路では牛や馬なども通る。馬は現役の交通手段である。車の種類でいうと旧式ビートルからランサーまで見られるので車好きにとっては楽しい。古い車は排気ガスがひどく、環境立国といえど環境技術が進んでいるわけではない。高速道路は料金所毎に100コロネス (20セント程度) である。
車は贅沢品と考えられているため税金が100%程度かかり、購入には日本の価格の2倍ほどかかるそうだ。そのためかクラウンはほとんど走っておらず、カローラは高級車の区分に入る。
SCCは財政的に安定している。限られた財政の中で運営をしている。薬剤は大部分が後発品であり、高額な薬剤の導入は遅れる。専門病院が4つしかないので、手術待ちは数ヶ月にもなり、循環器疾患での迅速なインターベンションも実質的には全地域では不可能である。
温暖な気候を背景に寿命は長い。先進医療をすべて導入するというよりも予防医療を中心に考えて、国民全体の健康を担おうという、割り切った考え方である。コスタリカには私立病院も存在し、国立でないため医療費がかかるが、裕福な階級の人々は私立病院で手術などの治療を迅速に受けている。
コスタリカには医師の偏在がない。SCCは病院のニーズを聞いて、各病院、各診療科の医師の数を決めている。意志は必ずしも希望通りに診療科を選択できるわけではなく、希望の診療科に進もうと思えば限られたポストを勝ち取る必要がある。また初期レジデントは必ず地方の診療所で一年間勤務することが義務づけられている。
医療技術の導入のために海外との協力も積極であり、コスタリカにない技術の獲得のために医師を海外へ派遣するということもSCCが指導的に行っている。
兵庫医大の輸血部、血液内科に数年前からコスタリカの医師や技師を研修に受け入れている。今回は友好関係のしるしとして私がコスタリカの病院を視察した。
造血幹細胞移植を行えるのは2箇所の病院のみで2つ合わせて年間20-30件の移植が行われる。移植病棟には病室が4つあり、HEPAフィルターが天井に設置されている。入室に際してはガウン、シューズカバー、マスクが必要で、病室の清掃は一日に2回行うほどの厳密なルールが守られている。
世の中の流れでは無菌管理を簡素化する動きがあるが、診療科長は以前に自分が海外で研修した慣習を重んじているようだ。手術前の外科医の手洗いにエビデンスがないことが示されても、管理者の信念が強固であり、外科的手洗いが依然として慣習となっている。
コスタリカには骨髄バンクが存在しない。人口400万人規模では骨髄バンクを設立しても、HLA(ヒト白血球抗原)が一致したドナーを得られる確率が少ないため現実的ではない。血液疾患で移植が必要な患者で家族内にHLA一致ドナーがいなければ移植治療を受けることができない。
ドナーのいない患者に移植を提供するためには臍帯血移植とHLA不適合移植が選択肢となり、兵庫医大がよいパートナーとなっている。臍帯血移植に関しては臍帯血バンクの設立をコスタリカ政府に申請しており、近いうちに予算が得られる見通しである。臍帯血バンクに関わる人材育成については、数年前よりコスタリカの技師が兵庫臍帯血バンクにて研修を受けて、技術を持ち帰っている。
今回私はHLA不適合移植についてコスタリカの血液内科医に講演をし、コスタリカの病院で行うHLA不適合移植のプロトコールについて3日間深夜まで討論した。
移植に関しても使用できる薬剤が限られており、免疫抑制剤のタクロリムスに関しては静注薬が存在しないため、移植早期から経口薬にて管理しなければならない。移植前処置については全身放射線照射、メルファランが使用できない。
国は違えど血液腫瘍疾患の患者の予後が悪いのは日本と同じであり、患者を助けようと医療スタッフが熱心であるのも変わらない。制限がある中でも、HLA不適合移植を始めることとなり、今回2人の患者の候補と会い、診察を行った。コスタリカの移植医とE-mailにて頻繁に連絡を取り合い、経過のいつの時点でもアドバイスしていくことを約束した。
コスタリカは自然が豊かである。地球の0.01%という面積の中に地球上の6%という種類もの生物が生息している。ダーウィンで有名なガラパゴス諸島の近くであることもうなずける。
22個の国立の自然公園があり、その他にも環境保護地域が多く存在し、国の27%の面積が保護されている。
歴史をさかのぼれば、第二次世界大戦後に周辺国が軍事強化に力を入れたのに対して、コスタリカは軍事を放棄し、教育と自然を保護することに力を入れた。憲法9条にあたる軍事講師の放棄を憲法に明記しているのは日本とコスタリカだけである。次に戦争が起これば地球が終わるという、割り切った考え方であるが、結果的にはこれが発展につながった。
この国の人々は陽気である。自然の中で暮らし自然を大切にする自分達のことを誇りに思っている。自分達が世界で一番幸せだと心の底から思っている。スペイン語を話し、生活の中でもっとも口にするのはpura vidaという言葉で、英語に訳すとpure lifeである。自分達の命に感謝し、そのことが言葉になって人々の生活に浸透している。病院で抗癌剤を受けている患者もpura vidaと言っていた。
コスタリカの日本大使の山口さんや在住日本人の人達に会う機会があった。彼らは日本はいい国だとしきりに言っていた。
コスタリカは政治難民を受け入れるというポリシーを持っている。カトリックの国であり、困っている隣人を助けるのを当然のことだと思っている。美しい理念なのだが、隣国ニカラグアの貧しい移民が増え、治安の悪化につながっている。
街の中では銃撃事件、盗難が頻発し、家には鉄柵や鉄刺線、何重もの鍵と防犯センサーが設置されている。貧富の差が大きく、平均的な国民の月収は5万円程度だそうだ。一方で物価は高い。食費は日本より少し安いくらいなものである。贅沢品には余計に税金がかかるため、電子機器は日本の方が安いくらいである。都市部では人口が増え、ゴミや自動車の排気ガスなど環境問題が深刻である。
日本は治安が良く、四季があり、美しい自然、長い歴史をもった国である。医療と年金の心配がなくなれば、きっと日本人は自分達が世界で一番幸せだと胸をはって、「世界にひとつだけの花」を口づさむのだろう。