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Vol.181 歴史・伝統が生み出すザンビア最高学府の虚像

医療ガバナンス学会 (2019年10月24日 06:00)


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秋田大学医学部医学科5年
宮地貴士

2019年10月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

ザンビア共和国が建国してから2年後の1996年6月12日、同国初の国立大学、University of Zambia(ザンビア大学)が誕生した。建国の父であるKenneth Kaunda大統領が初代学長に就任。大学設立の構想はイギリスによる植民地支配下で草の根レベルで進められていたと言われている。次世代人材を育成する拠点をいち早く作ろうとした当時の活動家たちには頭が下がる思いだ。

歴史と伝統を持つ最高学府に憧れる学生は多い。ボーティン君もその一人だった。彼は私がこれまで診療所建設などを通じて関わってきた村出身の青年である。自分が生まれ育った故郷に住む人々の命を守るために医師を目指している。

ザンビア大学医学部に挑戦するも、残念ながら、力が及ばなかった。そのため、医師の道は諦め、看護の専門学校の受験を予定していた。だが、彼の本音は「外科をやりたい」だった。

一か八か私立大学の医学部を検索してみることにした。彼がこれまで私大を考えていなかったのは「学費を到底払えない」と思い込んでいたからだ。私も当然そうだと考えていた。しかし、調べてみると驚くべき事実が判明した。なんと、私大医学部の学費は国立大学のそれよりも安かったのだ。ザンビア大学医学部の年間授業料はK31,878(日本円:約31万円、以下為替レート;K1=10円で統一)。一方、私立のカベンディッシュ大学医学部はK26,568(日本円:約26万円)だった。授業料だけでなく、入学金や受験費用も私立大学の方が安い。

無論、私大医学部の教育の質が低いなんてことはあり得ない。なぜなら、Health Professional Council of Zambia(HPCZ)という各医療機関の質や免許の更新に関与する政府機関による厳しい審査を通過しなければ設立できないからだ。

では一体なぜ、国立大学の方が学費が高いという事態が起きているのだろうか。その疑問を紐解くヒントが2019年9月24日付の現地新聞に記載されていた。「UNZA in K4.5 billion debt:ザンビア大学 借金450億円」という見出しだった。UNZA(ウンザ)とはUniversity of Zambiaの略語でザンビア人はみな、こう呼んでいる。記事の要旨はこうだ。

「ザンビア大学が徴税機関や年金機構などの国家機関に対して合計450億円の借金を抱えている。昨年度は10億3000万円の予算を政府に申請したが2億3400万円しか配分されなかった。職員の給料も足りず、また、外部委託している事業者に対価を払えずサービスが停止してしまう」

悲惨な国立大学に追い打ちをかける出来事が3日後の9月27日にあった。「2020年度ザンビア国家予算」に関する大本営発表だ。教育分野への予算は全体の12.3%に当たる1310億円であった。昨年度予算では全体の15.3%、1330億円だったがそこから20億円程度減らされたことになる。

昨今の経済状況の悪化を踏まえれば、教育分野への配分が減らされたのは当然だ。経済を停滞させている最大の原因は毎日12時間にも及ぶ停電だろう。あるお肉屋さんに入ったとき強烈なにおいがした。肉が腐った匂いだった。「魚とか肉とか冷蔵庫ないと保存できないサービスは壊滅的だよ」鼻をふさいでむせていた私に、店主は怒りで声を震わせながら訴えてきた。

ザンビアの発電は9割を水力が占めている。昨年度の降雨量が極端に少なかったせいで今年6月から計画停電がスタートした。当初は6時間程度だったものが8時間、10時間と増え、10月から12時間が当たり前になった。雨が降り始めるのは11月末と言われている。2021年に選挙を控える政府は対応に躍起だ。2020年度予算における電力関連予算は1120億円を計上した。昨年度の41億5700万円の実に26倍である。

国からの予算を期待できない上に多額の借金を背負っているザンビア大学。学生からの授業料を糧に自転車操業をせざるを得ない状態だ。

これらの状況にも関わらず、なぜザンビア大学は人気なのだろうか。まず最大の理由は政府から支給される奨学金だろう。これはザンビア大学、もしくは、コッパーベルト大学の学生のみに与えられる。利子付きで返済義務のある貸与式であるが、大きな支えになる。政府から奨学金をもらっていない学生にザンビア大学に入学した理由を聞いてみた。彼の答えはこうだった。「授業の質が高いから」

本当にそうだろうか。同大学に留学している日本人の友人は「授業はしょっちゅう休みになる」という。給料の未払い問題などが山積し講師陣もまともに指導していられないのだろう。

2018年11月には同じく国立のコッパーベルト大学医学部が閉鎖される事件が起きた。前述したHPCZによる医学部の規定を破っていたからだ。定員をオーバーする数の学生を受け入れ、指導教官が不足し、無資格者による講義まで行われていた。いずれも、経営状態の悪化を如実に物語っている。国立大学の授業の質が高いとは想像もできない。

学生を惹きつけているのは歴史・伝統といった過去の遺産が生み出す虚像だろう。そしてそれを大学は金を生み出すために利用しているのだ。

歴史・伝統はそこから学び、新しいものを生み出すことで価値がある。過去の遺産にすがり歩みを止めることはすなわち衰退と同じだ。

前述したボーティン君はカベンディッシュ大学のMedical Science Health Foundation Programという医学部準備コースに入学する。1年間ここで切磋琢磨し、優秀な成績を収めた場合はBachelor of medicine and surgery(医学部医学科)に進むことができる。

大学を出た先生が限られている村で独学で勉強したボーティン。彼のような存在が自分の夢を掴み、医師になることで、背中を押されるワカモノたちはたくさんいるだろう。新たな伝統、歴史の1歩になると信じている。

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