医療ガバナンス学会 (2019年10月31日 06:00)
薬剤師(宮城県仙台市)
橋本貴尚
2019年10月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
この記事を書きながら、僕のような小物が強大な製薬企業を敵に回してしまう可能性を考えました。しかし、「この記事は、多分僕しか書けないんだろうな」と思いましたので、勇気を振り絞って紹介させていただきます。
事の発端ですが、2019年9月に、ラニチジン塩酸塩の原薬に発がん性物質N-ニトロソジメチルアミンが検出されたという案内が発出され、全製品が回収になったことです。詳細は各製薬企業のホームページをご参照ください。
僕がこの件について問題であると感じた点は、病院薬剤部には全然情報が来ず対応が後手に回り、患者さんは再受診と煩雑な事務手続きの憂き目にあい、薬局薬剤師は患者さんと病院の板挟みにあって苦悩したことです。詳細を以下に申し上げます。
ラニチジン塩酸塩には内服する錠剤と注射剤の2種類があります。注射剤については、回収と同時に処方入力を停止することで、すぐに問題が解決しました。
錠剤については、薬剤部に保管されているラニチジン塩酸塩錠はすぐに製薬企業に返却することで解決しました。入院処方についても、処方停止することで対応しました。
院外処方されているラニチジン塩酸塩錠をどうするかについて薬剤部内で話し合った結果、これから処方される分についてはファモチジン錠に処方変更していただき、調剤薬局から疑義照会を受けた場合もファモチジン錠に変更してもらうことで対応することにしました。医局を含めた院内全体に周知文書を配布し、「これで問題解決!」と安心しきっておりました。
しかし、問題はこれでは終わりませんでした。この後が泥沼だったのです。
ある日、調剤薬局から疑義照会が来ました。「患者さん、すでに手元にあるラニチジンの代替を希望されていますが、そちらの病院では患者さん向けに案内はしていらっしゃるのでしょうか?」という内容でした。我々はとっさには事情が飲み込めませんでした。
案内につきましては、沢井製薬株式会社のものが分かりやすかったので、これを紹介します(https://med.sawai.co.jp/pdf/announce/announce09.pdf、閲覧日:2019年10月24日)。我々は、先の電話を受けた時、こうした案内を全く知りませんでした。
我々の病院では、ラニチジン塩酸塩錠の院外処方を、受け付けた調剤薬局の在庫を踏まえて自由に製薬企業を変えることを認めております。ですので、どの患者さんがどの製薬企業のラニチジン塩酸塩錠を内服しているか知ることが不可能です。その結果、調剤薬局には、採用していた後発医薬品の企業から先述の「ラニチジン代替処方の案内」が届けらましたが、当院が院内採用していた企業からは案内が来なかったのです。
急いで情報を取り寄せ、折り返し調剤薬局に返答し、患者さんの再受診に備えて事務部門にも情報提供しました。
患者さんがラニチジンの代替処方目的で来院した場合、受診料並びに処方せん発行料、さらには調剤薬局での調剤料も保険給付外(自費)になります。病院と薬局それぞれでもらった領収証に「ラニチジン錠の代替処方」という記載と医師か薬剤師の押印をしてもらい、企業に電話をかけて資料請求し、領収証原本を含む書類一式を郵送することでお金が振り込まれる仕組みです。これらの作業を全部患者さんが行わなければなりません。すごい負担です。
その数日後、調剤薬局から問い合わせが来ました。「患者さん、ラニチジンの代替処方にいらっしゃったのですが、病院でもらった領収証には何も書いておりません。どうすれば宜しいでしょうか?」という内容でした。確認しますと、事務部門での周知が徹底されておらず、さらに外来の医師補助の方も「まさか自分が対応するなんて思っていなかった」とのことで、多くの領収証に記入押印がなされていなかったのです。
もうメチャクチャですよね。病院では上記のように対応が全て後手になりました。患者さんは代替処方のためにわざわざ病院に出向いたけど領収証にサインがなく、このやり場のない怒りを調剤薬局の薬剤師にぶつけるしかありません。調剤薬局の薬剤師は、患者さんからは「何とかしろ!」と怒られ病院には対応してもらえない、という板挟みにあいました。
ここで、2018年から今に至るまでの一年余りの間に回収の案内が出た薬で、企業が我々の元に案内を持ってきたものについてあたってみました。資料は我々の病院採用の医薬品に関する内容ですので偏りがありますが、その点はご了承ください。表の通りです。
この表を読む際に注意点があります。この表だけを見て、「このメーカーの医薬品は粗悪品」と決めつけないでください。「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」が正しく機能している結果として、このようは状況になると考えられます。重要なのは、こうした情報が正しく、素早く医療従事者の元に届けられ、「患者さんにとってより適切な薬物治療」に繋げることです。
ラニチジン回収の問題が発覚する少し前に、僕は、東京から来た日本製薬工業協会(製薬協)のおくすり相談対応検討会の担当者と、「患者さんと医療従事者双方にとって有益なお薬相談窓口の構築を目指す」という主旨で打ち合わせを行っておりました。製薬協は現在、企業横断型でお薬Q&Aを探せる“PhindMI(ファインドエムアイ)”を構築しております(ミクスOnline https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=67870、閲覧日:2019年10月24日)。僕は、今後、その方向性に何らかのアドバイスを行う方針で打ち合わせておりました。
先述の担当者は「製薬企業対象のワークショップを東京で行いたい」とおっしゃっておりましたので、製薬企業のMRなどを対象に、ぜひとも今回の事例を題材にして「患者さんに寄り添った製薬企業の情報提供体制」についてグループディスカッションを行いたい、と考えている次第です。
最後にまとめです。今回のラニチジン回収の問題は、発がん性物質が検出されたことも問題ですが、それ以上に、我々医療従事者に素早く情報提供がなされず、現場に混乱を与えたことに原因があると考えております。昨今、製薬企業に対する風当たりが強い印象です。製薬企業が「患者さん側ではなく、処方する側ばかりを見ている」という批判です。今回のラニチジン回収問題をきっかけに、製薬企業の雰囲気が「患者さんにとって真に優しい情報提供体制」に切り替わってくれることを切に願っております。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_185.pdf