最新記事一覧

Vol.212 1955-2020 その(1)

医療ガバナンス学会 (2019年12月12日 06:00)


■ 関連タグ

永井雅巳

2019年12月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

この春から2年間勉強させていただいた福島県浜通りを離れ、I市に来ている。羽田と成田を結ぶ京成電鉄の品川から約1時間、北総線沿線にある街で訪問診療を始めた。牧の原に在る病院の北には雑木林の中に古い家屋が並び、利根川の手前の木下(キオロシと読む)周りに昔ながらの市役所がある。逆に南方向へ車で走ると、草深(ソウフケ)、鎌苅、師戸(モロト)で印旛沼に至る。公道からわき道にそれると、無人の藁葺きの家が朽ちたまま建っていたりする。けもの道のような小径がくねり、初夏、あかつきの頃には腰まで育った草むらから、幾つもの鳥の鳴き声が溢れてくる。残念ながら、私は何の鳥か知らず、声の主を想像するしかない。

一方、現在I市の中心は北総線沿線に新しく計画的に開発された街である。隣駅から線路と併走する国道464号沿いには途切れる事なくショッピング・モールが続き、駅周囲やその背後には高層マンションや分譲住宅が多く建つ。区画内にはお洒落な犬を連れた若夫婦が休日寛ぐ公園も多い。この計画都市は、1960年代後半に事業が開始され、1980年代以降急速に進んだ。ここは平坦な北総台地にあることから坂が少なく、高齢者にとって歩きやすい街と喧伝されているが見る限り高齢者は少ない。
『週刊東洋経済』の「住みよさランキング」では、I市は総合評価で7年連続(2012 – 2018年)日本第一位となり、住みやすさについて極めて高い評価がなされているそうだが、何やら無機質・画一的でおもしろくない。
私には木や草は植えられているが、造花のようでつまらなく感じられる。因みに2019年1位は石川県白山市(申し訳ないがよく知らない)で、I市は14位らしい。この中央駅前から所々に畑やまだ鎮守の森が残っていた牧の原周辺にも開発の波が押し寄せているが、まだ住み手のない家も目立つ。評判に煽られて、あるいは評判を煽らせて、建設のための建設のような気がしないでもない。今日の千里ニュータウン、多摩ニュータウン・・、あるいは入居者のない空虚な上海の高層マンション群を思い浮べてしまう。昔ながらの街が壊され、経済主導の業界の手によりパッケージされた商品が売られる。何度も繰り返されてきたことではあるが・・。

さて、私は1955年に生まれ、1980年に医師になった。この間、1961年に国民皆保険制度が確立された。今まで医療にかかりたくてもかかれなかった人達も等しく医療を受けられることとなり、医療需要が急増、地方での医師不足が深刻となった。既存医学部の定員増では間に合わず、1973年第二次田中角栄内閣により一県一医大政策が閣議決定され、医学部定員数は私が生まれた年の約2800から大学卒業年には約3倍の8200程度となった。其れにつれ、病床数も増加し、私の生まれた年には約30万床であった一般病床数は1980年には100万床、1990年にピークとなり150万床を超えるに至った。畢竟、医療需要の増加とそれに対する応需体制が整うにつれ、総医療費も私の生まれた年(国民皆保険制度成立以前)には約2400億円(対国内総生産 2.78%)だったものが、1980年には約12兆円(4.88%)と金額にして約50倍(対国内生産では約1.8倍)に増加した。
官ではこの現象を憂い、1983年当時の保険局長が、(医師や病床数の増加による)医療費の増大が国を亡ぼすと論じ(医療費亡国論)、それを基に1985年から医療法改正が始まった。第1回医療法改正の根幹は、病院病床数の総量規制、医療圏内の必要病床数の制限であり、これ以降続く医療法の改正は、7次(2016年)を迎えて、地域医療構想:約13万床の病床削減に収束する。このことで、検証しておくべきは、国民皆保険制度により、この国の地域、貧富の差に関わらず、等しく医療を受けられるようになり、それに相応した医師数・病床数の増加が、果たして官が言うように、この国を滅ぼそうとしているのかということ。時系列を振り返れば、病床数の増加は1990年から医療法により抑制されている。また、医師数の増加は、この1~2年で新たな2医学部の新設が認められたが、1980年以降大きな増加は止まっている。にもかかわらず、医療費の増加は一層著しい。
すなわち、医師数・病床数の増加が医療費の増加のすべてではなかったのは明らかである。もちろん、費用が発生する以上その対側には、そこで収益を得ているモノがあるわけで、この毎年増え続け、今では年間50兆円にも達しようとする医療費から、果たして収益を得たものが何であるかについて、ここでは触れない。また、この国がギリシアのように滅ぶのかについては、国債の保有者がほとんど外国籍のギリシアに対して、日本の債務(
借金)のほぼ全ては日本人自身が債権者(日本銀行が筆頭)であることにより、日本は滅ばない(外国に対して債務不履行となることはあり得ない)という巷間の議論の真偽についても、その知識を持ち合わせないので、ここでは触れないが、大変、重要なテーマであるので、政にある人には是非検証してほしい(願)。

私が生まれた1955年から今まで起こった大切なイベントは、もう1つある。1世帯あたりの人数の変化である。1955年には1世帯当たりの世帯人数が5人を超えていた。わかりやすく言うと、1世帯に、じいちゃん、ばあちゃん、とうちゃん、かあちゃん、こどもと三世代同居の世帯が多かった。当時のじいちゃんは偉くて、正月には孫にお年玉をあげ、家族から尊敬され、大切にされる存在であった。これが、2015年には1世帯あたり約2.5人となった。パパ、ママ、子供1人か、じいちゃん、ばあちゃんだけになった。その分、世帯数は増えたので、この間、建設業界とそれを取り巻いた人は大いに潤ったに違いない。
現在では、高齢者の6割以上が、独居、あるいは高齢者夫婦だけの世帯となり、以前のような3世代同居は4分の1以下となっている。そして、多くのじいちゃんは無口で、家族から尊敬されることもなくなった。この世帯人数の変化と日本家族文化の変化と呼応するように、在宅で死亡する人の割合と病院で死亡する人の割合が、1975年にクロスする。人は自宅で家族に見守られながら死んでいたのが、病院で白衣に囲まれ死ぬようになった。

さて、2年間浜通りで在宅医療の勉強をして学んだのは、在宅医療に必要なのは、まず介護力と経済力であるということだった。現状では高齢者の大半は独居あるいは老々世帯であり、田舎ではこの傾向が一層強い。また、一次産業に従事し、厚生年金のない地方の高齢者の多くは経済的に困窮している。高齢者貧困率はOECD加盟国でも日・米が抜けて高い。貧しく、孤独な高齢者が多くなっているのだ。介護力が乏しい場合は施設の入所も選択肢だがお金がない場合はそれも困難となる。日医総研・高橋らの調査によると、人口減少に関わらず、この国の医療需要は2015年に比べ、2045年まで110%増ぐらいで推移するようだ。もちろん、主役は高齢者で介護需要は150%まで増加するわけだが、医療需要も2015年時に比べ高い。貧し窮する孤独な地方の高齢者にとって、病床・病院削減構想(地域医療構想)は、地域住民のニーズに的確に応えたものだろうか・・。ぜひ、経済財政諮問会議の議員の方々はわかりやすく教えてほしい(願)。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ