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Vol. 135 世にも奇妙な「医療費控除」ー「縦割り行政」の弊害

医療ガバナンス学会 (2010年4月15日 07:00)


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有限会社 T&Jメディカル・ソリューションズ
AFP (日本 FP 協会認定)
医学博士
木村 知
2010年4月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


確定申告も終わり、ホッと一息ついておられる方も多いだろう。
年に一度のこととは言え、慣れていないとけっこう負担に感じる作業だ。とくに「所得から何を控除することができるのか」、という所得控除については多くのひとが疑問や関心を持つところであろう。

この所得控除に含まれる医療費控除について、患者さんもさることながら、医療者にも知られているようで知られていないことがいくつかある。今回は、現場で医療に携わる者として日々感じている、医療費控除についての「奇妙な」問題点、矛盾点につき若干論じてみたい。

医療費控除とは、「居住者が各年において自己または自己と同一生計の親族の医療費を支払った場合に、『控除額=(医療費の支出額ー保険金等により補てんされる金額)ー10万円(*)』
(*)総所得金額等が200万円未満の場合は『総所得金額x 5%』の金額、の式で求められる控除額を200万円を限度として総所得金額から控除されるもの」とされる。

つまり、病院等医療機関で自己負担した金額や医療にかかった金額が、無制限に控除できるわけではない。
しかも、医療費のなかには、控除の対象となるものとならないものがあり、何でもかんでも控除できるわけではない、ということも知っておかねばならない。そのすべてを今回この場でお示しすることは避けるが、簡単に言うと、通常の治療に要した費用や通院に際し発生することが不可避だったものは対象となるが、自己都合で発生したものや美容や疾病予防、健康増進などプラスアルファのいわゆる「贅沢」とみなされるものは控除の対象とはならないことになっている。

美容整形の手術費用や健康増進目的の治療に関係ないビタミン剤の購入などに要した費用が、控除の対象外になるということは、直感的に理解できよう。しかし、疾病予防に関わる医薬品のなかには「予防接種」も含まれており、公費助成のない「任意接種」に該当する予防接種に要した費用は、国税庁の見解によれば、現在「医療費控除の対象外」とされている。

子宮頸癌ワクチンやHibワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンなど諸外国では数年前から行われているワクチンが、このほどわが国でもやっと導入されたが、これらワクチンは非常に高額である。
アクトヒブ(Hibワクチン)は、医療機関にもよるが1回8,000円程度、プレベナー(肺炎球菌ワクチン)も1回9,500円程度。各々、フルコースで接種するとなると4回ずつ、計8回の接種が必要となる。うち4回目は1年後の追加接種なので、単年度には3回、つまり上記値段で2種類接種する場合は、乳児一人当たり52,500円かかる計算となる。さらに母親が子宮頸癌ワクチン(3回接種で約50,000円)を接種したり、子どもが2人以上いるなら、その年の医療費は予防接種だけで10万円を超えてしまう。対象者となる乳幼児を抱える若い世代の家庭は、多くの場合世帯収入も多くなく、金銭的負担が大変になることは容易に理解できよう。
まだまだ、わが国にやってきたばかりのワクチンゆえ、一般の認知度もけっして高い状況とは言えないが、今後それらのワクチンの重要性が、多くの国民に浸透してきた時点においても、この値段のままであるなら、なかなか接種率も上がらないのではなかろうか。
もちろん、細菌性髄膜炎など重篤な疾病予防の観点から言えば、これらのワクチンの公費助成がなされ、すべての子どもたちに平等に接種機会が与えられなければならないのだが、それをすぐに実施できないというのなら、せめて国税庁が法令解釈通達などで「予防接種にかかる費用はすべて医療費控除の対象にする」などと、早急に対応できないものだろうかと思う。
「予防接種」が税制上、美容整形手術やビタミン剤と同様なプラスアルファの「贅沢」や「治療に無関係なもの」として扱われている現状に、強い違和感を感じている。

次に「差額ベッド代」について考えてみたい。

差額ベッド代は、いわゆる「保険外併用療養費」として医療機関が患者さんから徴収を認められているものである。これは、入院期間中のアメニティにかかる費用、ある意味「贅沢」にかかる費用であるため、医療費控除の対象外である。
つまり、そもそも患者さんの自由意志による選択において発生するはずの費用なのであるが、以前よりこの「差額ベッド代」をめぐり、医療機関と患者さんの間でトラブルが絶えないという話をよく聞く。

患者さんからの苦情を受けている市民グループに寄せられる差額室料に関する相談を受けての質問という形で行われた、平成12年2月21日付参議院議員櫻井充氏の質問主意書「特別療養環境室の差額室料に関する質問」での、
「特別療養環境室以外の病室に空床がない場合に、患者側が差額室料の請求に同意しないときには、医療機関はどのような対応をすればよいのか」
という質問に対する「答弁書」によれば、
「特別環境室に入院するかそれ以外の病室に入院するかは原則として患者の選択によるものであり、各々の患者が望む病室に空床ができるまでの間入院を見合わせる場合もあると考えられるが、緊急を要し、患者の選択によらず特別環境室へ入院させた場合には、保険医療機関は当該患者から差額室料を徴収することはできず、その病状の経過を観察しつつ、特別療養環境室以外の病床が空床になるのを待って特別療養環境室から移す等の措置を講ずることになる」
とある。

厚生労働省からの「『療担規則及び薬担規則並びに療担基準に基づき厚生労働大臣が定める掲示事項等』及び『保険外併用療養費に係る厚生労働大臣が定める医薬品等』の実施上の留意事項について」においても、差額ベッド代はあくまでも患者さんの希望により当該病室を使用した場合に発生するものであり、治療上の必要性から当該病室を使用した場合には、徴収してはならない、ということになっている。

もちろん、徴収するにあたっては、部屋の構造や室料などを十分説明の上、同意書にサインをもらわなければならないのだが、病院の都合では徴収されないということを患者さんがよく知らなかったり、それについての説明が正しくなされぬまま、入院時の同意書にサインしてしまう患者さんが多く、後の入院費支払い時点でトラブルになることがあるという。

例えば、救急車で緊急入院するケース。救急車を呼び、受け入れ先の病院を探している時点で、仮に「受け入れ候補」の病院に差額室料の発生する個室しかなかった、としよう。もし病院側に、その患者さんを断る正当な理由がなければ、その救急車を受け入れることになるはずなのだが、病院側が「差額の○○円かかる個室しか空いていませんが、それでもよろしかったら受け入れます」と返事したとする。その場合は、患者さんが「自発的」もしくは「積極的な希望」で当該病室を選ぶのではなく、差額を支払うことを条件に、救急診療を受け入れてもらえる、という状況と言えよう。昨今の医師不足から「受け入れ不能」な病院もあるなか、「受け入れ候補病院」を探すだけでも大変だ。差額のない「大部屋」が空くまでの一時的な差額なら、支払ってでも今すぐ受け入れてもらいたい、と思う患者さんがほとんどであろう。

先の厚労省の見解からすれば、このような事例は、『患者が事実上特別の負担なしでは入院できないような運営を行う保険医療機関については、患者の受診の機会が妨げられるおそれがあり、保険医療機関の性格から当を得ないものと認められる』とされ療担規則に反する行為となるわけであろうが、医療機関で支払う費用について、そこまでの知識を持っている患者さんは実際少ないし、医療現場で働く従事者であってもそれらを熟知しておらず、病院の「方針」としてそのように対応せよ、と言われているケースもあるという。
医療行為の授受は一種の契約であるが、医療者‐患者間の契約は、対等とはまだ言い難い。たとえ「病院の都合による差額ベッド代の徴収が認められていない」ということを、仮に患者さんが知っていたとしても、この先入院治療を受ける立場としては「同意書」にサインしないという選択をすることに、かなりの勇気がいることは想像に難くない。

このような現場の実情はさておき、厚労省の「病院の都合による差額ベッド代の徴収はできない」という見解を踏まえたうえで、国税庁のホームページをみてみると、とてもおかしな矛盾に気づく。

質疑応答事例の所得税に関する部分を見ると、「いわゆる差額ベッド料は、医療費控除の対象になるか」との照会要旨に対する回答要旨として
「いわゆる差額ベット料や医療用器具等の購入費用などは、医師等の診療等を受けるため直接必要なもので、かつ、通常必要なものに限り、医療費控除の対象となります ( 所得税基本通達73-3) 。  したがって、差額ベット料については、病状により個室を使用する必要がある場合や、病院の都合で相部屋を使えず、やむを得ずその個室を使用しなければならないような場合には、医療費控除の対象となります」とある(注:「ベット」という記載は原文通り)。

つまり、厚労省が認めていない「病院の都合による差額ベッド代の徴収」を国税庁は暗に認め、その場合に発生した金額であれば「医療費控除の対象として認める」ということだ。これらの根拠となる所得税基本通達と厚労省の療担規則実施上の留意事項は明らかに矛盾していると言える。

もちろん医療機関も、「差額ベッド代」についての対応には、今一度襟を正さねばならない。長年の低医療費政策から、医療機関収入も「保険外収入」にある程度頼らざるを得ない状況とも言えようが、患者さんの「自発的希望」という「正当な事由」でこれらの金額を収受しないと、「金銭的医療不信」を生みだすことに繋がりかねない。
医療費に対する知識が十分でなく、また緊急入院という、ただでさえパニックに陥りがちな立場上弱者である患者さんに対して、空床のない場合に「差額代」が発生するのは必然であるかのような誠意のない説明や、差額代を支払わないと、スムーズに入院しにくいと思わせるような対応は厳に慎まねばならない。そのような対応は、身も心も砕いて必死に現場で従事している医療者の努力を水泡に帰してしまいかねないということを、医療機関の管理者は肝に銘ずべきだろう。

今回このように、「医療費控除」について見てきただけでも、厚労省と財務省の外局である国税庁という縦割り行政のなかに、「世にも奇妙な」問題点、矛盾点が存在するのが見えてくる。「予防接種」という費用対効果を期待しうる「医療費」を控除対象としないのは、国税庁内に医療関連の知識に長けた職員がいないという問題を如実に現しているし、「差額ベッド代」についての両者の扱いの違いは、「ダブルスタンダード」とも言える明らかな矛盾である。
今後、公務員制度改革で省庁横断型人事などが行われることによって、このような縦割り行政の弊害が少しでも少なくなるのであれば、現場医師の立場として、それを強く期待するものである。

木村 知(きむら とも)
有限会社T&J メディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP (日本 FP 協会認定)
医学博士
1968 年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、 2004 年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。 AFP 認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。

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