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Vol. 136 「特定看護師」は医療現場を救ってくれるのか

医療ガバナンス学会 (2010年4月16日 07:00)


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武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
このコラムはThe hottest OPINION site in Japan
JBpress http://jbpress.ismedia.jp/ よりの転載です

2010年4月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「看護師」が行える医療行為の範囲をもっと拡大しようという動きがあります。
3月19日、厚生労働省の「チーム医療の推進に関する検討会」は、「特定看護師」創設の内容を盛り込んだ報告書を取りまとめました。これを受けて、3月26日に官邸の構造改革特別区推進本部も「特定看護師の法制化」を提言しました。
「特定看護師」とは、傷口の縫合や気管内挿管などの医師業務の一部を肩代わりする看護師のことです。厚生労働省は、特定看護師の創設によって、「医師の負担を軽減し、医療の質の向上につながる」と説明しています。海外で「診療看護師(NP:ナースプラクティショナー)」が既に活躍していることも、その根拠の1つです。

しかし、この新たな資格の創設に対して、日本医師会は「そもそも国民は看護師に切開や縫合などの医療行為をしてほしいと本当に望んでいるのか」と、「日医のすべてをかけて反対」しています。4月1日に日本医師会の新会長となった原中勝征氏も、記者会見で「担当者と大至急話し合い、阻止したい」と コメントしています。
医師会は、なぜこれほど強硬に反対するのでしょうか。医師の権限、利権を奪われるから反対しているのでしょうか。決してそんな理由ではありません。今回は、特定看護師の創設にどのような問題があるのかを考えてみたいと思います。

【「安全と質」は十分に確保されるのか】

特定看護師の業務には、次のようなものが挙げられています。
「投薬の変更や中止」「手術前後の人工呼吸器の管理」「在宅患者の床ずれの処置」「重症度や治療効果判定のための検査(血液検査やレントゲン/CT(コンピューター断層撮影法)/MRI(磁気共鳴画像)などのオーダー)」「超音波検査。エックス線、CT、MRIの読影」「傷口の縫合」などです。
これらの行為を、5年以上の臨床経験を持つ看護師が2年の教育課程を受講すれば施行可能になる、というのが今回の制度です。
医師が行ってきたこれらの業務を看護師が行うことができるようになれば、医師の負担が軽減されることは間違いないでしょう。

しかし、治療と処方にかかわる最終決定は、高度な医学的知識および技術を保持する医師が行なうべきだと、私は思います。そもそも看護師の教育課程は、処置したり、投薬することを前提とした医学教育ではありません。医療の「安全と質」が十分に担保されているとは言い難いのです。
メリットとしては、医師の仕事を看護師が行うようになれば、人件費(医療費)の削減が期待できるということでしょう。でも、その場合は、看護師の待遇を基本的に今まで通りにすることが前提になります。待遇が変わらないのに医師と同じハイリスクを背負わせるのは、看護師にとってひどい話ではないで しょうか。

【現行の法律の枠内で対応できる話】

今回、政府は特定看護師の制度化を提言しましたが、「医師の指示なしでの行為」は認められない、としています。その点は、「診療看護師」とは異なっています。あくまでも、医師の指示があることを前提として上記の行為を行うということです。
だとするならば、保健師助産師看護師法で定められている「医師の指示の下で診療の補助を行う」看護師業務の範囲内で業務分担を協議すれば、十分対応できる話です。わざわざ新職種を設立する必要はあるのでしょうか?

チームとして医療を行う際には、「分業」だけでなく「調整」が必要です。治療方針を巡って医師同士でも意見が分かれることがあります。議論が長引くこともしばしばです。「医師と看護師の中間」という新たな資格の創設は、調整業務を大幅に増やすことでしょう。
その上、日本で特定看護師制度を作っても、中規模病院や診療所レベルではニーズはありません。大規模病院では、チーム内の調整作業がますます複雑化するだけです。

【それよりも現在の業務分担の見直しを】

米国の診療看護師には40年以上の歴史があります。今では必要不可欠な存在と受け取られていますが、その起源は、貧しくて医師の診察を受けられない人たちのためにやむなく始められた制度です。また、決して現在でも普及しているわけではなく、実際の普及率(看護師の中で占める割合)はわずか5%に過ぎないという現実があります。
日本では10年前とは違い、大学病院でも医師が採血や注射などの業務を全て行なうということはなくなりました。でも、まだ病院によっては医師が点滴業務を行っているところもあります。つまり、日本の医療現場は、「医師でなくてもできることを医師が行なっているから医師不足に陥っている」という側面もあるのです。
現行の法律のもとでは、医療現場においてどこまでが医師の業務なのか、どこまでが看護師の業務なのか、どこまでが看護助手の業務なのかについてグレーゾーンが多すぎます。
点滴、採血、創部ガーゼの交換などは看護師の仕事でいいと思いますし、カルテ入力、診断書や紹介状返信作成、病歴要約作成などの一部は、医療事務が行える仕事です。
医師の業務の一部を受け持つ新資格をつくる前に、現場の実情に即して医師、看護師、医療事務の業務分担を見直して、各自で業務拡大(レベルアップ)を図ることこそが、医療の質の向上につながるのではないでしょうか。

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