医療ガバナンス学会 (2010年4月17日 07:00)
【ドキシルが出来高払いから包括払いに】
「平成20年3月19日厚生労働省告示第94号」には、DPC対象病院であっても出来高払いが認められる医薬品等が掲載されています。「平成21年4月30日厚生労働省告示第288号」による改正後から今年の3月31日まで、「ドキソルビシン塩酸塩(リポソームに封入し,がん化学療法の実施後に増悪した卵巣がんの患者に投与するものに限る)」が加えられ、DPC対象の病院でドキシルは出来高払いが認められていました。
しかし、平成22年度診療報酬改定(※1)が行われ、「平成22年厚生労働省告示第96号(※2)」が出されることによって、ドキシルは出来高払いの一覧から消えてしまいました。ドキシルは「DPCにおける高額な新規の医薬品等への対応について(中医協 総-3)(※3)」で薬価が高額であることから出来高払いとなったと説明されていた経緯があります。はたしてそのような薬が包括になって大丈夫かと心配になりました。そこで厚生労働省保険局医療課に問い合わせをしたところ、「承認されて1年でデータが揃い、包括になって問題ないと判断した」と回答をいただきました。
【ドキシルの包括払いをシミュレーション】
DPC対象の病院でドキシルを治療に使う場合の点数は「平成22年厚生労働省告示第95号(※4)」などを参考にすると1日まで4902点、4日まで3836点、11日まで3261点となっています(診断群分類番号120010xx99x40x)。
【ドキシル投与の現状とインタビューによる想定】
ドキシル治療を受けた患者に電話でのインタビューおよびWEBアンケートを実施
1)国立がんセンターなど外来日帰りで治療する患者は21%、79%は入院での治療。
2)標準的な入院期間は3日間と想定。1日目全身の臓器障害の確認検査実施、2日目投薬、3日目アレルギー等の症状確認。
3)全身状態が悪い患者さん(腹水等)の場合、10日間ほど入院することもある。
4)病院によっては7日間入院と決めている場合もある。
5) 実際の平均入院期間のデータはないが、標準的な入院期間は3日間、平均入院期間は5日間程と想定。
6)放射線療法と併用するケースはほとんどない。
7)添付文書上、ドキシルは単剤投与。
8)ドキシルを併用投与するケースとしては、ドキシル+カルボプラチンなどが報告されているが、算定可能な点数はドキシル単独と同じ「4:化学療法あり、放射線療法なし」である。
【DPC点数とドキシル費用の関係】
標準的なドキシル費用(4バイアル):386,172円
1)入院日数03日の場合:DPC点数12,574点 DPC点数-ドキシル費用:-260,432円
2)入院日数05日の場合:DPC点数19,671点 DPC点数-ドキシル費用:-189,462円
3)入院日数07日の場合:DPC点数26,193点 DPC点数-ドキシル費用:-124,242円
4)入院日数10日の場合:DPC点数35,976点 DPC点数-ドキシル費用:- 26,412円
5)入院日数11日の場合:DPC点数39,237点 DPC点数-ドキシル費用: 6,198円
6)外来の場合及び12日以上入院する場合の12日以降の分は、出来高算定。
【26万円の赤字のドキシルは現場で使ってもらえるのか】
シミュレーションをして背筋が凍りつく思いをしました。多くの患者さんがこれまで受けた治療のスケジュールである入院日数3日間で、DPCの点数からドキシル費用を引いた額が26万0432円の赤字だったからです。DPC対象の病院では入院期間の短縮が求められていると聞いていますが、短縮すればするほど赤字額が拡大してしまいます。はたして20万円以上の赤字を出しつつ、ドキシルを処方してくれる奇特なDPC対象の病院があるものでしょうか?
これでは、ドキシルを治療の選択肢として後回しにしたり、場合によってはドキシルを使わない病院が出てくるのではないかととても心配になってしまいますが、それは杞憂でしょうか。
【中医協の議事録などを調べてみる】
保険局医療課には「なぜ包括でも大丈夫だと考えているのか」について、きちんとした回答をお願いしたいところですが、診療報酬に関しては中医協で議論されていることもあり卵巣がんや高額な薬剤に対してどのような議論がされているか調べてみることにしました。
関連する議論がされたであろう「平成21年度第7回診療報酬調査専門組織・DPC評価分科会議事録(※5)」「平成21年度第14回診療報酬調査専門組織DPC評価分科会議事録(※6)」「平成21年度第15回診療報酬調査専門組織DPC評価分科会議事録(※7)」の議事録を読んでみてもドキシルおよび卵巣がんに関する議論を見つけることができませんでした。
特に高額薬剤について活発な議論のあった12/24の議事録から高額薬剤の基本的な考え方として以下のような記載があります。
「新しい高額の薬剤が出たときは次の改定までの間はデータ取りで外出しにするということで、データを集めていって、きっちりした医療費の分布図を出してもらって、その分布図に合わせて1つのDPCの枝としてつくるという形で来ていた(西岡分科会長)」その結論として「今回は抗がん剤についてが新たな問題点として提起されたということ、ちょっとこれは時間をもらって検討を続けるということにさせていただく(西岡分科会長)」。同じ日の冒頭に「MDC毎作業班からの報告について」として作業班をとりまとめた統括班長より以下の説明があります。「今回は「120010 卵巣・子宮付属器の悪性腫瘍」に対して、これが標準レジメですが、カルボプラチン+パクリタキセル、あるいはカルボプラチン+ドセタキセル水和物、そういうものを使ったものについて、これを1つの分岐として認めようということを案としてとりまとめております。(斎藤委員)(※8)」参考資料には分岐が掲載されていますが、これは「化学療法レジメによる分岐の追加」の検討です。
「高額薬剤による分岐」の検討では、「第163回中央社会保険医療協議会総会(※9)」の結論にもある通り、「高額薬剤の取扱いについては時間をかけて検討するべき(西岡分科会長)」となっています。その日に配布された資料(※10)の5ページ目には、抗がん剤の種類によっては診断群分類点数表で分岐を行い対応している例が図とともに掲載されており、ドキシルも卵巣がんに関しては分岐すると企業などは思ったのではないかと想定されます。
【ドキシルと同じく出来高だった治療薬について】
平成20年4月~平成22年3月の間にDPCにおける高額な新規の医薬品として出来高算定することとされた薬剤19品目のうち
平成22年4月以降、DPC点数表で新たな分岐が設けられた薬剤…11品目
平成22年4月以降、出来高継続の薬剤…4品目
平成22年4月以降、包括になった薬剤…4品目
となっており、前回改定から今回改定までの間にいったん出来高が認められた全19品目中、4品目だけが包括として丸められてしまっていることが分かります。
「平成21年度第7回診療報酬調査専門組織・DPC評価分科会議事録(※5)」で抗がん剤など高額な薬剤を使用した場合にDPC対象病院では不採算になってしまう問題について議論されており、厚生労働省は出来高算定にせずに診断群分類のツリーを増やすことで対応する案を中医協の分科会に提案し了承されていることが分かりますが、ではどうしてドキシルが包括払いとして新たな分岐にもならず、他の抗がん剤と一緒に丸められたのでしょうか。
民主党の宮崎岳志衆議院議員がこの件について厚生労働省に問い合わせた内容をお電話くださいましたが、やはり「データを平均的にならすと包括で対応できるという結果になった」という回答だったと聞いています。ドキシルより安価だと思われるジェムザールが再発乳がん患者に引き続き出来高払いになっていることと比較しても不思議に思ってしまいます。もしかしたら、卵巣がんに対して2007年9月に社会保険診療報酬支払基金が保険償還している、とても安価なアドリアシン(ドキソルビシン)とドキシルをいっしょくたにして慣らしてしまったのではないかと疑いたくなる回答を医療課はしているのです。これに関して突っ込んだ質問になると「異動で担当者が代わってしまった」と詳しい回答が得られないう現状があります。
【まとめ】
2009年4月22日に承認されて以来、多くの卵巣がん患者さんがドキシルの治療を受けており、その多くは入院での治療をしています。プラチナ抵抗性の再発卵巣がんに対してジェムザールやトポテカンが適応外となっている現在の日本においてドキシルの必要性は極めて高いのです。シミュレーションのようにDPC対象の病院にかかる負担が大きくなることで、適切な時期に治療がされなかったり、ドキシルが使ってもらえないようでは患者が大変困ってしまいます。
また私が保険局医療課に電話した時に対応して下さった担当者は「病院の努力で治療してもらうしかない」とおっしゃいましたが、3日の入院で26万円の赤字が出る治療を努力で賄えといっても無理があるのではないでしょうか。
入院で治療すると赤字になるなら外来でやればいいという意見も出てくるかと思いますが、すべての卵巣がん患者を外来でというのは無理な話であり、外来治療と入院治療の両方の可能性を担保されるべきなのではないでしょうか。
この件に関しては第一報を長妻大臣はじめ足立政務官や複数の議員の事務所にファックスをしています。厚生労働省及び中医協のDPC分科会で、いまいちど、本当にドキシルが包括払いで大丈夫なのか検討し、必要に応じては修正をしていただきたいと願ってやみません。そして患者会として、本当にドキシルが包括払いで大丈夫なのか、きっちりとわかりやすい説明を厚生労働省にしてもらえるよう求めていきたいと思っています。
※1:http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/index.html
※2:http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-083.pdf
※3: http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/04/dl/s0422-2d.pdf
※4:http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken12/dl/index-082.pdf
※5:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/txt/s0706-4.txt
※6:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/11/txt/s1130-30.txt
※7:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/12/txt/s1224-27.txt
※8:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/12/dl/s1224-11a.pdf
※9:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/01/txt/s0127-19.txt
※10:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/01/dl/s0127-7f.pdf