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Vol.001 2020年新年によせて

医療ガバナンス学会 (2020年1月1日 06:00)


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上昌広

2020年1月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

明けましておめでとうございます。新しい年を迎え、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
お陰様で、2004年1月に始まったMRICは、今年で17年目を迎えます。ここまで続けることができたのは、皆様のお陰です。この場をお借りし、感謝申し上げます。

さて、今年はどのような年になるでしょうか。将来を考える上で大切なことは歴史を学ぶことだと考えています。将来は過去の延長線上にあるからです。
昨年は平成が終わり、令和が始りました。では、平成とはどのような時代だったでしょうか。
日本に最も影響したのは中国の発展だと思います。世界のGDPに占める中国の割合は、1988年(平成元年)の2.3%から2018年(平成30年)には18.3%に増加しました。一方、日本は15.3%から5.9%に減少しました。同時期に米国は28.3%から23.3%に減少しています。日本経済が停滞し、国際的なプレゼンスを失ったのがわかります。

この間に日本で盛り上がったのが、地方の衰退や東京一極集中の議論です。新聞データベース『日経テレコン』を用いて、「東京一極集中」という単語でサーチすると、2万9487件の記事がヒットします。

バブル経済崩壊後の増加が顕著で、1998年に289件だった記事数が2019年(令和元年)には2512件に増加しています(2019年12月24日現在)。この間に収載されている記事数は1.74倍に増加しているので、「東京一極集中」という記事の頻度は約5倍増加したことになります。

では、この間に本当に日本では東京一極集中が進み続けたのでしょうか。そして、東京以外の地方は衰退を続けたのでしょうか。私はそうは思いません。

日本経済新聞は、2019年4月27日に「平成30年間でもっとも時価総額を増やした企業」、「平成30年間でもっとも時価総額を減らした企業」という記事を掲載しました。1989年1月9日と2019年4月26日の時価総額を比較したものです。

平成の期間に成長した企業は、トヨタ自動車、キーエンス、日本電産、ソニー、任天堂、武田薬品工業、信越化学工業、ダイキン工業、ホンダ、村田製作所が名を連ねます。10社中6社が関西企業で、東京の企業はソニーだけです。

一方、時価総額を減らした企業はNTT、東京電力HD、野村HD、日本製鐵、新生銀行、関西電力、東京ガス、パナソニック、中部電力、大和証券グループ本社が名を連ねます。政府との距離が近いインフラ系企業、金融・証券系企業が多いのが特徴です。

情報化社会に適合した高付加価値型の企業が成長したことがわかります。このような企業を支えるのは高度技能人材です。高度技能人材を育成するのは高等教育機関です。医学部を初めとした高等教育機関が西高東低の形で偏在していることは、繰り返しMRICで取り上げてきました。

科学研究では格差が顕著にでています。これまでわが国の関係者で科学系(物理、化学、生理学・医学)でノーベル賞を受賞したのは22人いますが、このうち14人が西日本の大学を卒業しています。東日本の8人を大きく上回ります。

このような格差は科学研究だけではありません。他の領域でも、東西格差は平成の30年間で拡大しました。高校スポーツなど、その典型です。高校スポーツの花形とも言える夏の高校野球選手権大会、全国高校ラグビー大会、全国高校サッカー選手権男子、全日本バレーボール高校選手権男子(元全国高校バレーボール選抜優勝大会)の優勝回数を調べると、平成の前半(平成元年~15年)は東日本、西日本が29回、33回だったのが、平成の後半(平成16~30年)には23回、38回と西日本勢の優勢が際立つようになります。

昭和と平成を比較すると、その傾向は更に顕著です。昭和34~63年の30年間の優勝回数は東日本が67回で西日本の47回を上回っていました。ところが、平成の30年間になると52回と71回に逆転されます。平成の間に東日本の高校スポーツが停滞したことがわかります。

メディアは東京一極集中、首都圏の一人勝ちと言いますが、必ずしもそうとはいえないようです。

教育や研究は経済的基盤が強くなければ発展しません。経済的に反映しているところには、様々な人が集い、情報交換が行われます。平成の30年間に日本は停滞しましたが、アジアは空前の発展を遂げました。日本も、この影響を蒙っています。昨年、LINEとYahoo!の経営統合が発表されましたが、これもアジアとの絡みで考えると見え方は変わります。

LINEは韓国を本拠とするNAVER社の100%子会社です。Yahoo!の親会社であるソフトバンクのオーナーである孫正義氏は在日韓国人で、福岡県で育ちました。両社の経営統合は長年に渡る日本と朝鮮半島の交流を抜きに語ることはできないでしょう。今後、このようなケースは増えていくでしょう。アジアの経済発展が進むとともに、交流が加速し、一体化が進むと考えています。

この際、重要なことは相互の文化や価値観の違いを理解できる人材です。昨年は墨東病院の大橋浩一医師が「中国人医師として外国人患者が押し寄せる救急医療病院の現場で思うこと」という文章( http://medg.jp/mt/?p=9290 )を寄稿してくれました。彼は日本で育ち、千葉大学を卒業した内科医です。彼が勤める都立墨東病院には多くの中国人患者が受診します。

現場では、医療費不払いなど様々なトラブルが生じています。日本のメディアでは中国人のモラルを批判する報道が目立ちますが、多くは相互理解の不足によるものです。大橋医師は、このような問題に一つずつ取り組んでいます。日本と中国の文化を知る彼にしかできない仕事です。彼の文章を読むと、日本でも試行錯誤を続けながら、グローバル化に対応するためのノウハウが蓄積しつつあることがわかります。グローバル化は東京と中国の交流だけではありません。

宮地貴士くんのような地方とアフリカを結ぶ人材も生まれています。
彼は秋田大学の医学部生です。これまで秋田の地域医療の問題に取り組んできました( http://medg.jp/mt/?p=9006 )。
その後、ご縁があり、ザンビアの地域医療を支援することになります。5年生の1年間を休学してザンビアで医療支援に従事します。その様子はMRICで繰り返し、発表しています( http://medg.jp/mt/?p=9253 )。これだけでもたいしたものですが、一時帰国の際に知り合った税の専門家と交流を深め、共同研究を始めました。共同研究の相手は佐藤慎一さんで、2016-7年に財務省事務次官を務めた方です。

佐藤さんは長年にわたる財務官僚としての経験から、「消費税率は国民の国家への信頼を反映する」と考えるようになりました。欧州では政府への信頼度と消費税率は相関します。佐藤さんによれば、消費税を上げるには、政府が国民から信頼されなければなりません。

では、日本はどうでしょうか。消費税率は10%で先進国では低水準です。佐藤さんは、「日本では消費税を上げたくても出来なかった」と言います。その象徴が平成元年の消費税導入です。直後の参議院選挙で自民党は大敗しました。国民が消費税増税に納得しなかったのです。

佐藤さんは、その理由について「第二次世界大戦をやったから」と言います。政府が暴走し、この国は破滅の淵まで追い込まれました。戦後、政府は所得税を引き下げ、社会保障を手厚くします。佐藤さんには「政府が国民にお詫びを続けてきた」と映ったようです。敗戦から44年が経ち、ほとぼりが冷めたと思ったころに導入した消費税が国民から激しい批判を浴びたのは前述の通りです。

日本の社会保障の財源を確保するには、欧州諸国並みの消費税率が必要でしょう。ただ、それは前途多難です。戦争を経験した世代がいなくなるまで、国民の政府不信は続くでしょう。行政文書改竄や破棄などの昨今の安倍政権の対応は政府不信を根深いものにしています。

宮地くんは、この話を聞いて、国民のワクチンへの不信感と政府の信頼度の関係を検証する研究を考えました。

あまり報じられませんが、日本は世界でもっともワクチンの信頼度が低い国です。HPVワウチンを巡る騒動など、その典型と考えられています。英科学誌『ネイチャー』は昨年の6月19日号の記事で「日本は世界で最もワクチンが信頼されていない国の一つ」と紹介しました。

では、解析結果はどうだったでしょうか。宮地君の予想通り、両者に高度の相関が認められました。日本でワクチン接種率を上げるには、厚労省の信頼を高めることが重要なのかもしれません。宮地君は、この結果を論文にまとめ、英国の一流医学誌に投稿したところ、みごと受理されました。

この共同研究は示唆に富みます。肩書きや住んでいる場所とは無関係に、優秀な人材がネットワークで仕事をする一例です。グローバル化は医学教育の領域でも進んでいます。2017年11月に医学部教育のグローバル化の一例として東欧の医学部をご紹介しました( http://medg.jp/mt/?p=7965 )。
その後、東欧で医学を学ぶ日本人学生は急増し、現在、その総数は約600人です。昨年はこのような学生からの寄稿を数多く配信しました( http://medg.jp/mt/?p=9182 )( http://medg.jp/mt/?p=9089 )。彼らの存在はMRICに限らず、多くのメディアが報じました。

彼らの活躍が刺激となったのでしょうか、さらに志望者が増えそうです。私のところにもプロスポーツ選手から「東欧の医学部に進学を考えている」と問い合わせがありました。海外活躍する人物で、英語や海外での生活は全く問題ないようです。東欧の医学部は入学は比較的容易で、入学後の頑張りが求められるところなど、彼にぴったりでした。日本では、名門学校から医学部に進む生徒が多すぎることが問題視されています。均質な環境で育った受験エリートへの批判は根強く、多様な背景を有する医師の育成が求められています。医学教育グローバル化が、このような問題を解決するかもしれません。もちろん、グローバル化には負の側面もあります。

本稿では詳述しませんが、輸入感染症の増加など、その典型です。昨年は秋口からインフルエンザが流行しました。夏休み期間中の外旅行客の増加に加え、ラグビーワールドカップが開催され、夏から秋にかけてインフルエンザが流行する南半球との交流人口が増えたためと考えられています。今年は東京五輪です世界中から多くの人々が押し寄せるでしょう。その規模はラグビーワールドカップとは比較になりません。

日本にはがんサバイバーの子どもをはじめ、感染症に弱い人が多数います。ワクチンの再接種を含め、このような方にどう対応するかは喫緊の課題です。このような問題を解決するには、様々な専門家が叡智を寄せあい、協力するしかありません。
私は、このような議論をするプラットフォームとして、MRICがお役に立てればと願っています。

本年も宜しくお願い申し上げます。

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