医療ガバナンス学会 (2010年4月21日 07:00)
これに対し黒岩祐治委員(ジャーナリスト・国際医療福祉大学大学院教授)は「いま切実な思いを持っている患者さんがいっぱいいる。そういう人たちにとっては抜本改正をするという議論の中で、当面は早く認めてほしいということがどんどん先送りされてくるという不安もあると思う。抜本改正の議論は議論としながら、それとは別途に個別のものに対応するという発想があってもいい」と発言し、加藤達夫部会長(国立成育医療センター総長)も「この部会を活性化させて、皆さん努力して、8月の通常国会に出せるように突っ走る以外にはないので、努力しようではないか」と応じられた。当日、傍聴に出向き提案資料を見た私が抱いた懸念は、まさに黒岩委員が発言されたものそのものであった。
ワクチン・ギャップが生み出した弊害の一つがワクチン・ラグ被害であり、ワクチン・ギャップが政策的・構造的問題であるとすれば、ワクチン・ラグ被害は構造的問題がもたらした現象といえる。ワクチン・ギャップ解消には相応の時間が必要であろうし、そのためには丁寧な議論を積み重ねなければいけない。しかし、直面するワクチン・ラグ被害は日々生じ続けているものであり、待ったなしの課題だ。今後の進め方(案)にはラグ被害を防止するという視点が欠けており、私はそのことに大きな危機感を感じていた。
加藤部会長の「8月の通常国会に出せるように突っ走る以外にはないので、努力しようではないか」と呼びかけはラグ被害への対応について言及したものであり、この呼びかけに対し異論は出されなかった。従って今後の部会では「当面早く認めてほしい」というラグ被害解消について、「8月の通常国会に出せるように」議論されることになる。
このやり取りは当然、議事録にも残っているし、私はこのことが確実に実行されるのか否か、監視していくつもりだ(監視という言葉は好きではないが、この件についてはあえて用いたい心情にある)。
【これ以上は待てない定期接種化】
私たち「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」は発足した2006年10月以降、一貫して細菌性髄膜炎関連ワクチンの早期定期接種化を求めてきた。既に3年半の歳月が流れているが、定期接種化はおろか、ワクチンの供給不足や高額な接種費用、そして啓発の不足などにより、全ての子どもたちがワクチン接種を受ける機会を得られる状態とは程遠く、ワクチン接種で防げる疾病に罹患し後遺症を負ったり命を落としたりする不幸が繰り返され続けている。昨年、ヒブ髄膜炎でお子さんを亡くされた保護者は、「私はヒブワクチンのことも細菌性髄膜炎のことも知らなかった。そして仮に知っていたとしても、接種したかどうかわからない。長男の時には接種しなくても大丈夫だった、と考え接種しなかったかもしれない。それが任意接種の壁だと思う」と話されている。「もうこれ以上は待てない」というのが私たち当事者家族の気持ちであり、「いま切実な思いを持っている患者」の一つが私たちであると強く主張したい。
去る3月23日、私たちは民主党の青木愛副幹事長と面談し全国から寄せられた40,000筆にのぼる「細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの早期定期接種化を求める請願署名」を提出した。同日には長妻昭厚生労働大臣にもお会いし、やはり早期定期接種化の決断を求めた。これらには先述の保護者の方も同席され、青木副幹事長、長妻厚生労働大臣に切実な思いを訴えられた。私たちが国会に提出する請願署名は今回が3回目、厚生労働省に提出した同項目の署名とあわせ、延べ20万筆を超える署名を提出している。また、2008年2月に当時の岸宏一副大臣、昨年10月に長浜博行副大臣とお会いし要請しており、長妻大臣への要請は政務三役への直接の要請としては3回目ということになる。
この3年半の歳月においても、毎日のように細菌性髄膜炎に罹患する子どもたちが存在し、そして後遺症を負ったり命を落としたりする不幸=「ラグ被害」が繰り返されている。細菌性髄膜炎の恐ろしさを体験した私たちにとっては耐え難い3年半であったのだが、早期定期接種化を求めるたびに、「我が国での安全性の検証が済んでいない。定期化は国内での検証が済んでから」との言葉が返されてきた。一体、どれだけの時間を費やせばいいのか、私たちにとっては「待ったなし」としか思えない定期接種化でも、「検証の時間が必要」との判断に前に跳ね返され続けた3年半だったといえる。
【決断の条件は整った】
しかし、4月13日の参議院厚生労働委員会において足立信也厚生労働政務官は、製薬会社による市販後調査と、厚生労働省として実施した科学研究費補助金事業による副反応調査について、ヒブワクチンの副反応は「DPTと同程度」であるとの結果を報告した。
これは長らく繰り返されてきた「我が国での検証が必要」との疑念に対する回答を示したと言える。厚生労働省科学研究費補助金事業による「Hibワクチン被接種者の健康状況と副反応調査」はこの3月に取りまとめられたもので、1,768例の接種事例によるもの。製薬メーカーの市販後調査にいたっては推定接種者25万5千人に係る副反応報告であり、まさに官民の双方より安全性に関する一定の知見が示されたことになる。
これで4月からはじまる「抜本的議論」と平行して行う「早く認めるものは個別に」の議論に資する材料が整ったといえる。もはや「安全性の検証が済んでいない」として議論そのものを先送りすることは科学的とはいえない。私たちの要請に対し長妻大臣は「予防接種部会で議論いただく」と回答された。この4月からの予防接種部会で細菌性髄膜炎関連ワクチンの定期接種化について議論を行うことは大臣から部会への要請でもあるわけで、「8月の通常国会に出せるように」議論するとした予防接種部会は、細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化について直ちに議論しなければならないだろう。
【予防接種部会に政治主導の風を】
4月から再開される予防接種部会では、抜本改正の議論と平行しながら、個別の課題も議論するという運営が求められるのだが、個別の議論を急がなければならない課題は細菌性髄膜炎にかかるものだけではない。民主党が政策INDEX 2009でヒブワクチン、肺炎球菌ワクチンとともに挙げたHPVワクチンもあるし、ヒブワクチンと並ぶワクチン・ギャップの象徴ともいえる「不活化ポリオワクチン」についても待ったなしの議論が求められている。
請願署名提出に先立ち、私たちが衆議院議員会館内で開いた予防接種に関する学習会に参加された黒岩委員は、「予防接種部会では政治主導の風を感じられない」と話された。予防接種行政の歴史を振り返ると、政治主導により大きな政策決定がなされた事例がある。昭和36年のポリオの生ワクチンの緊急輸入だ。不活化ワクチンを国内で製造するという当時の方針とは異なる生ワクチンを、国交の途絶えていたソビエト連邦から輸入するという判断は、「もう待てない」という母親たちの切実な声を真摯に受けとめてなされた、「政治主導」の賜物である。
予防接種部会に政治主導の風を吹かせ、不作為により生じた「20年のワクチン・ギャップ」と、それがもたらした「直面するワクチン・ラグ被害」という2つの課題を平行して議論することが、再開する予防接種部会に求められている。