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Vol.035 新型コロナウイルス:史上最大の悲惨な船舶検疫はなぜ起きたのか

医療ガバナンス学会 (2020年2月20日 22:00)


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海事代理士
関家一樹

2020年2月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

新型コロナウイルスの流行に伴い2月3日以来、検疫のために拘束されていた「ダイヤモンド・プリンセス」の3000人強の乗員乗客が、19日になりようやく下船を開始する。この間、報道にもあるように船内では順次発症が進み、621人(19日現在)の感染が確認された。検疫による船内留置に関して言えば、結局当初示されていた14日間を超える拘束が行われてしまったことになる。
政府は18日に「(船舶隔離が)適切だと思っている」(菅義偉官房長官)と発言しているようであるが、今回の船舶検疫は大失敗だったと言っていいだろう。

船舶に対する検疫は「検疫法」と付随する「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」において定められており、今回の拘束期間「14日間」という日数は検疫感染症3号の「中東呼吸器症候群MERS」の潜伏期間14日を参考にして、仮に定められたものだったのだろう。
船舶検疫には3種類あり検疫所により運用にかなり違いがあるが、横浜検疫所の場合、検疫官が実際に船舶に乗り込む臨船検疫である「錨地検疫」「着岸検疫」が行われることはほぼ無く、99%の検疫が健康に関する必要事項を無線でやり取りするだけの「無線検疫」となっている。これは横浜港だけで、海外から来る船舶が年間1万隻弱であることからしても、適切な運用である。
では平時はそうとして、国際的な感染症の流行が予想されるような場合はどうだろうか。実は2009年の新型インフルエンザ流行の際に、今回と同じくダイヤモンド・プリンセスは3000人弱の乗員乗客の臨船検疫を、鹿児島港と室蘭港で受けている。このときは通常の二倍の6人の検疫官で4時間半の時間をかけて問診と検温を行い、結果として感染の疑い無しとなったため下船を許可し事なきを得た。単に感染者がいなかったか見落としたに過ぎないが、このときの大型クルーズ船に対する「水際対策」を成功体験として記憶した検疫所が、今回もダイヤモンド・プリンセスを検疫対象として目をつけていた。なお今回検疫を行っている横浜検疫所は、2009年のときに大型クルーズ船を検疫する機会が無く、3件ほど乗員がおおむね50名以下の船舶を臨船検疫したにすぎない。
今回の3711人乗員乗客を有するダイヤモンド・プリンセスに対する検疫は、中世から始まる長い船舶検疫史上でも最大のものである(詳しくはこちらの記事をお読みいただきたい。 http://medg.jp/mt/?p=9419 )。2009年のときはたまたま感染者がいなかったため、考えずに済んだ「感染者を発見した場合どうするか?」という「船舶隔離」の問題に初めて直面したことになる。検疫所も以前より連携医療機関などと訓練を行っており、無策だったわけではないが、上陸しての医療機関での経過観察としての受け入れ態勢は100人程度が限界であり、3000人以上を14日間も隔離するような検疫は実際的に何が起こるか未知の領域だった。
そもそも水際対策に関していえば、同じく検疫法の対象である空港で、1日10万人が問診も無くカメラ体温検査のみで出入国している時点で、船舶のみを隔離している意味など全くない。船舶が検疫の対象として騒がれるのは、歴史が古いゆえに法整備がされていることと、居住空間があることから隔離が容易で、1隻の乗客数が多いからに過ぎず、国内の流行を防ぐための疫学的な理由があるわけではない。

船舶は航空機と異なり、乗客が自由に船内を動き回ることを前提としている。そのため住宅やホテルでは許されないような「窓のない客室」を作ることができ、実際にダイヤモンド・プリンセスでも窓の無い客室が安価な部屋として運用されている。そこまででなくても船舶という制約上、一般の客室も地上のホテルに比べれば狭めのビジネスホテル程度の広さとなっている。そのような船内への長期間にわたる拘束が、身体上精神上の失調をきたすのは、すでに多くの医療者の方が指摘している。
本来、船舶の客室は換気等の設備がしっかりとしているので、感染のリスクは同室者間を除けば低かったのかもしれない。しかし部屋を行き来している乗員の感染、時間を決めた一斉の運動など、客室の構造以外の部分で感染リスクの高い環境に強制的に留め置かれてしまっていたのは事実といえる。

これを踏まえて、船舶検疫を行うなということではなく、方法を変えなければならない。国際保険規則32条は検疫につき「旅行者をその尊厳、人権及び基本的自由を尊重して扱い、且つ、かかる措置に伴う不快感や苦痛を 最小限に抑えなければならない。」としている。この趣旨からすれば無意味に乗客を船内に長期間拘束することは行ってはならない。検疫としての強制力をもって、乗員乗客の「住所と連絡先の取得」「自宅への移送」「自宅待機の要請」「経過観察の電話」をしていけば十分であったはずだ。
また「遠隔診療」に慎重な意見があることは理解するが、今回のダイヤモンド・プリンセスに関しては行っても全く問題がなかったケースだ。船内に対して実施するパターンと自宅に帰してから実施するパターンが考えられるが、今後こうした感染症が発生した際の選択肢として議論されるべきであろう。怪我の功名ではないが、船舶に対する遠隔診療が開放されれば、専門の医師にアクセスすることが難しい平時の外洋航行中の大型クルーズ船の、旅の質を向上させることもできる。
今回の大失敗を教訓として、大型クルーズ船に対する船舶検疫の運用が改められることを切に願ってやまない。

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