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Vol.043 急性期病院の集約化は、都市部で先行して行うべきである

医療ガバナンス学会 (2020年3月3日 06:00)


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一般社団法人全国医師連盟代表理事
中島恒夫

2020年3月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

【提言】
1:安全で持続可能な医療提供体制の構築のために最も重視すべき施策は、医療従事者、特に急性期病院の勤務医の労働環境の改善(過重労働の解消、適法な賃金支給)が重要である。

2:急性期病院の勤務医の時間外労働上限を他職種と同様にすべきである。その実現のためには主治医制を廃止する必要があり、医師の交代制勤務が可能となるまで急性期病院に勤務医を集約することが重要である。

3:人員集約の効果が大きく、高齢化が急速に進む都市部の急性期病院の再編を、必要な医療提供体制の再編の一環として先行すべきである。

【本文】
我々全国医師連盟(以下、全医連)は、2009年の設立以来、『将来に向けて持続可能な医療提供体制を提供するための改革』として、『健全な医療提供の改革には、急性期病院の集約化が必要』と主張し続けてきた1)。令和元年9月26日に厚生労働省(以下、厚労省)から発表された公的病院の『再編統合リスト』(以下、「リスト」)2)は、我々のこれまでの主張である『急性期病院の集約化』を厚労省、総務省、財務省が俎上に乗せたと誤解されることがあり、非常に困惑している。厚労省や財務省の思惑は我々全医連の主張とは似て非なるものであり、その方向性が全く違うことをあらかじめ断言する。また、厚労省、総務省、財務省の思惑には医療消滅破壊の危うさを孕んでいることを警告する。

我々全医連が主張する急性期病院の集約化の目的は、「急性期病院の勤務医の過重労働の解消」を通じた「より適切で安全な医療の提供」である。医療費削減を目的としている厚労省や財務省とは違う。
そもそも、「地域医療構想」を論ずるにあたり、急性期病院の無い構想はありえない。急性期病院の維持存続は最低限の前提である。そのため、今後の医療制度の方向性を修正するために、全医連理事会からの提言を、令和2年1月27日にプレスリリースした( http://zennirenn.com/news/2020/01/post-92.html  )3)( http://zennirenn.com/news/2020/01/post-93.html  )4)。

厚労省が実施した勤務医の労働実態調査の結果で、4割超の勤務医が過労死ラインを越えた長時間労働を強いられており、それが常態化していることも示された5)。平成31年4月1日に始まった『働き方改革関連法案』の中で、医師だけがことさら特別視され、他職種より5年も遅れて『医師の働き方改革』が始まることとされてしまった。その上、時間外労働を、他職種の年間720時間の2.5倍超である1860時間まで許容させる常軌を逸した議論が平然となされている6)。1860時間の時間外労働は、過労死基準(月間80時間)の約2倍である。通常の医療機関でも、過労死基準となる年間960時間の時間外労働を黙認させようとしている6)。我々勤務医に過労死しえる長時間労働を強要する『働き方改革』は患者への医療安全を蔑ろにしており、勤務医を代表する組織として非常に強い憤りを持って引き続き抗議する。
勤務医に過労死を強いることの問題の本質は、過重労働によって安全な医療を提供できないということである。疲労と注意力の関係性は、様々な研究ですでにわかっている。長時間労働下での注意力は、飲酒による酩酊状態のレベルであることがわかっている。過重労働下の勤務医が無理をして医療行為にあたることは、professional autonomyでは決してない。むしろ、あえて手を引くことこそが、真のprofessional autonomyである。ジュネーブ宣言(2017年改定)に「I WILL ATTEND TO my own health, well-being, and abilities in order to provide care of the highest standard;」と記されているとおりである7)。

厚労省の発表した「リスト」は、あくまでも機械的である。病床削減が必要であるというシナリオを強引に推し進めるために、地域医療構想で議論されるはずの『病床機能報告制度』を悪用し、そして、医療費の『適正化』と称した削減を目論む財務省の政策との整合性を果たすために、「リスト」を作成したかのようである。国民が負担した社会保険料や消費税をはじめとした税金が医療機関の運転資金の原資であるにもかかわらず、負担者である国民の『医療安全』を加味することもなく厚労省が医療費を削減することは、非常に乱暴な行政手法でしかない。適切な医療の提供という『質』についての議論は全くなされないまま、支出を切り詰めれば解決するという厚労省や財務省の考え方・手法は「雑」かつ「短絡的」であり、非常に強い憤りを感じる。昭和58年に吉村仁厚生省保険局長(当時)が発表した医療費亡国論8)(医師が増えると、医療費が増える)という呪縛から解き放たれようという考えも無いのか、その内容をろくに吟味せずに、『都合が良いから』という理由だけで医療費亡国論を現在まで使い回し、日本の医療政策の起点にしている。厚労省、総務省、財務省の『医療費の削減』は、『国民の健康の軽視』であると言える。

厚労省の発表した「リスト」は、全医連の主張する『急性期病院の集約化』とは、その中身(目的)が全く異なることを繰り返し主張する。
我々全医連は、全ての医療機関を対象とした集約化を主張してきたわけではない。我々が主張してきたのは、急性期病院の集約化である。我々が急性期病院の集約化を主張してきた目的は、上述のとおり、「安全な医療を提供すること」である。過労死が2回できる1860時間もの時間外労働9)を強いられる急性期病院の勤務医を救わなければ、いかなる医療制度を設計したとしても、その地域の医療計画は意味を成さない。急性期病院の勤務医は現行の医療制度下だけでなく、今後の働き方改革による新たな規制下でも過重労働を強いられることに変わりはない。そして、危険な急性期診療を強いられる点も変わりがない。国民の健康を軽視する政策の結果、急性期病院では地域住民に危険な医療を今後も提供し続けることになる。その責任も勤務医個人が負わされる国の社会保障政策の責任は誰に帰するのか、絶対に確認しなければならない。
しかも、我々全医連が主張してきた急性期病院の集約化は、あくまでも『都市部』の急性期病院である。我々の意味する都市部とは、都道府県庁所在地、政令指定都市、大学病院存在地を指すをこと申し上げておく。あるいは、人口規模などで中核市も対象とすることも可能だろう。都市部の方が類似した急性期病院が数多く近接して並立しており、また、急性期病院へのアクセスが地方よりも保たれているため、急性期病院の集約化の効果は都市部の方が大きい。都市部とその他の地域での医師数の格差、背景人口や年齢層の違い、地政学的な特徴を踏まえ、都市部と過疎地では医療提供体制が全く異なっており、全国一律の病床削減といった乱暴な行政手法は絶対にしてはならない。あくまでも代替医療機関が豊富な都市部の急性期病院の集約化を先行すべきである。

非都市部では、その病院が断ってしまうと地域に提供する医療が無くなるという地方が今でも数多くあり、今後どんどん増えてくる。地方の急性期病院の集約化の是非は各地域に任せるべきであり、霞ヶ関が口を出すべきではないと我々全医連は考えている。それこそ、地域医療構想の趣旨から大きくかけ離れた越権行為である。非都市部の病院再編については令和2年1月27日に全医連からプレスリリース4)したので、御覧いただきたい。

話を戻そう。先の「リスト」ではどうなっていただろうか? 再編統合すべきであると名指しされた医療機関に、地方の急性期病院、あるいは、慢性期病院が多数含まれている。「リスト」に掲載する基準を、救急車の受け入れ件数、急性期疾患に関連する医療行為件数などで決定しているからだ。地方には、都市部とは異なる次元の距離の壁があり、「類似機能病院がある」という一点のみを判断基準に、統廃合を強行する手法は非常に乱暴だ。また、地方の医療機関が「雇用の受け皿」として地方経済の重要な柱であることも無視できない非常に重要な事実である。都市部と地方での状況の違いを理解できないのか、霞が関では、その地域の住民を人としてみることなく、数字だけを見て冷徹に判断している。その証左に、「リスト」では、都市部の急性期病院の再編が後回しになっている。影響する人数が少ない地方から公表して、取り組んでしまえという思惑以外の解釈はできない。

医療提供体制の縮小が地域医療に与える影響を少なくするために、都市部に限定した急性期病院の集約化を足がかりにすべきと我々全医連は考える。医師の労働時間制限導入までの4年間を無駄に費やしてはいけない。現在の医療提供体制は、急性期病院の勤務医の献身的な過重労働でかろうじて成立しており、医療安全を犠牲にしている。このことを省み、医療安全をより重視した改善策を厚労省は講じなければならない。

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【参考文献】
1)勤務医は備品にあらず!全医連集会  県立病院調査、「過労死」前提の36協定も

https://www.m3.com/news/iryoishin/222662

2)第24回地域医療構想に関するWG 令和元年9月26日 参考資料1-2

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000551037.pdf

3)全医連理事会提言2020 その1
医療の持続性を確保するために必要なことは、都市部での急性期病院の集約化である。
―急性期病院集約化の鍵は、急性期医療を担う勤務医が握っている。―

http://zennirenn.com/news/2020/01/post-92.html

4)全医連理事会提言2020 その2
地方では、医療以外のインフラ整備も視野に入れ、医療圏を積極的に再編すべきである。

http://zennirenn.com/news/2020/01/post-93.html

5)第8回 医師の働き方改革に関する検討会 平成30年7月9日 資料4

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000331107.pdf

6)医師の働き方改革報告書  https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04271.html
7)WMA DECLARATION OF GENEVA

https://www.wma.net/policies-post/wma-declaration-of-geneva/

8)医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方。社会保険旬報「昭和58年3月11日号」

https://www.cohortopia.jp/files/yoshimura.pdf

9)過労死2回分!? 異常すぎる「医師の労働時間」が放置されるワケ 中島 恒夫、医療ガバナンス学会 2019.10.7

https://gentosha-go.com/articles/-/23315

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