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Vol.044 臨時休校:子どもたちの「教育を受ける権利」を守れ

医療ガバナンス学会 (2020年3月5日 06:00)


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福島大学特任准教授
前川直哉

2020年3月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2月27日、安倍首相は全国の小・中・高・特別支援学校などに3月2日から春休みまでの臨時休校を要請した。
この一斉休校について、ニュース等では「子どもを持つ親」側の問題が大きく取り上げられている。確かに、とても重要な問題だ。ジェンダーの観点からも、この点についてどの家も取り残さない積極的な施策が必要である。
と同時に、子ども自身の「教育を受ける権利」や公教育の機能が、一時停止されてしまうことについてもっと考えるべきだ。何の予告もなく、3週間(春休みも合わせると40日ほど)の授業がなくなることが、子どもたちの学習や成長にどれほど大きな影響を与えるか。こうした大規模な一斉休校は戦後日本において前例がなく、実際にどのくらい影響が出るかは未知の領域である。

一つの参考として、東日本大震災と原発事故で多くの学校が長期休業を余儀なくされた福島県のケースを見てみよう(*)。
震災から4年後、2015年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を見ると、中3生を対象とした数学A(基礎的な学力の達成度)では、福島県の平均正答率は61.2%と全国平均より3ポイントあまり低く、都道府県ごとの順位では44位となった。震災前は35位前後で平均を若干下回る程度だったことを考えると、震災後の数年で福島県の子どもたちの算数・数学の理解度は相対的に低下し、最下位グループに入ってしまったことになる(その後には現場の先生方の懸命な努力もあり、持ち直しが見られる。国語はほぼ毎年、全国平均レベルである)。

この年の中3生は、小学4年時の3月に東日本大震災を経験した学年だ。原発事故の影響で避難や転校を余儀なくされたケースも多く、また県内にいてもなかなか勉強に集中できない日々を過ごした子どもたちが多かった。小学5年が中学以降の数学につながる算数の重要単元を数多く習う学年だということを考えると、小5の学年はじめという大切な時期に勉強に専念できなかったことは、大きなハンディになったと思われる。
震災・原発事故時には他県へ避難・転校した子どもたちも多く、今回の全国一斉休校のケースに単純に当てはめることはできない。だが公教育の突然の長期休業が、子どもたちの学力に与える影響が少なくないことは、こうしたデータからも推察できよう。

「40日間の休みくらい、夏休みと同じだ」という人もいるが、あらかじめ学事日程に計画されている夏休みと今回のケースは、大きく異なる。学校現場では学事日程を前提に綿密な教育計画が練られており、「この時期までにこれを教える」「その上でこの長期休暇にこの課題を出す」というように、教員一人ひとりが児童・生徒の理解度とにらめっこしながら授業や課題を準備している。
「子どもたちの安全を守るため、やむを得ない休校だった」としても、初の国内感染者の発表が1月中旬だったことを考えると、もっと議論する時間はあったはずだ。2週間前に休校が予告されていたなら、せめて可能性だけでも言及されていたなら、学校側もかなりの準備ができたであろうにと思わざるを得ない。

また妹尾昌俊氏をはじめ多くの識者が指摘する通り、こうした休校措置は子どもたちの学力格差をより一層広げる方向に作用しやすい(**)。余裕のある家とそうでない家で、休校中の子どもの学習時間や学習環境に大きな差が生じると考えられるからだ(そもそも、そういう格差をできるだけ減らすために公教育がある)。
臨時休校を受け、Webを利用した教育サービスの無料開放等が各社から行われているが、これらの情報をキャッチできるか、家にPCやネット環境があるか、子どもがPCを日常的に使えているかなどは、家ごとの差が大きい。

現在、小・中・高・特別支援学校などに通う子供たちは1312万人余り(文部科学統計要覧より)。この子どもたちの学びが受ける被害について、あるいは将来長期にわたる影響について、もっともっと語られるべきだ。だが残念ながらこちらについてはニュースなどでもあまり大きく取り上げられず、2月29日の首相会見でも今後どのような対策をするのか、言及はなかった。

中には橋下徹氏のように、一斉休校は子どもを守るためではなく「国のために犠牲になってもらうもの」と語る人もいる(***)。耳を疑う発言だ。橋下氏の真意がどこにあるにしても、「国のため、子どもに犠牲になってもらう」選択など決してあってはならない。

子どもたちには参政権がない。だから子どもたちの教育を受ける権利、学校に通う権利は、私たち大人が全力で守らなければならない。非常事態とはいえ、他に方法はなかったのか。予告はできなかったのか。慌ただしく始まる臨時休校によって、この世代の子どもたちがハンディを負うことのないよう、私たち大人に何ができるのか。引き続き考え、できることから実施していきたい。

※筆者の運営する非営利団体「ふくしま学びのネットワーク」では、臨時休校時の自宅学習方法について公式サイトに掲載しています。宜しければご覧ください。

https://www.fks-manabi.net/

(*)前川直哉「福島県の教育環境と「ふくしま学びのネットワーク」の活動」『NEWS LETTER超学際』34号,2015年。
(**)妹尾昌俊「【全国一斉休校、4つの問題・懸念】感染防止の実効性に疑問、社会的弱者にとって過酷」https://news.yahoo.co.jp/…/senoomasatoshi/20200227-00164981/
(***)2月29日のツイートより。https://blogos.com/article/439590/

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