医療ガバナンス学会 (2010年4月28日 07:00)
一方,アメリカやイギリスをはじめとする諸外国では,医師不足を外国人医師の導入で解決しようとする国もある.日本も外国人医師により医師不足を解決することができるのか検討することにした.
【英米においては外国で教育を受けた医師が医師総数の3割を超える】
2009年のOECD Health Data[4]によると,日本の人口1,000人(全年齢層)あたりの医師数は2.09人である.一方,アメリカ2.43人,イギリス2.48人,フラン ス4.16人,ドイツ3.50人である.日本は先進諸国と比べて,人口あたりの医師数は少ない(表1).
表1:http://pediatrics.news.coocan.jp/MRIC/imin_MRIC_tab1.pdf
しかし,2009年に,「医療」の資格で日本に在留している医療者(医師およびその他の医療職,特別永住者を除く)は,146人(医師の0.05%)に すぎない(表2) [5].医師不足を,外国人医師の招へいで補おうとする動きはほとんどない.一方,イギリスでは 47,407人(医師の31.4%),アメリカでは243,457人(医師の33.4%)が外国の医学校で教育を受けた医師である[4].英米では,外国 の医学校を卒業した医師が貴重な戦力となっている.
表3に外国人医師の出身国を示す[6].イギリスおよびアメリカでは,インド,パキスタンをはじめ,英語圏出身 の医師が多く働いている.
表2:http://pediatrics.news.coocan.jp/MRIC/imin_MRIC_tab2.pdf
表3:http://pediatrics.news.coocan.jp/MRIC/imin_MRIC_tab3.pdf
【外国人医師の受け入れと日本の制度】
「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令」[7]によれば,「医療」の資格で医師が在留許可を得る場合,「日本人が従事する 場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を受けて従事すること」が条件となる.十分な報酬が支払われれば,外国人医師を受け入れることは法的に問題ない.さら に,「外国医師又は外国歯科医師が行う臨床修練に係る医師法第17 条及び歯科医師法第17 条の特例等に関する法律」[8]では,外国人医師が日本の医師免許を取得せずに医療行為を行える条件を示している.厚生労働大臣が指定する病院において, 臨床修練指導医の実地の指導監督のもとで行う診療は,日本の医師免許のない外国人医師にも開放されている.
【外国人医師招へいの障害は何であるのか】
法務省入国管理局の資料によれば[5],「医療」の資格により日本に在留する外国人医療者(医師およびその他の医療職,特別永住者を除く)の数 は,毎年100~200名で推移している.臨床修練制度の許可を得て,日本の医師免許を持たずに診療することができる外国人医師も毎年30~90人程度に すぎない.外国人医師にとって日本の医療現場が魅力的な職場とはなりえないのであろうか.外国人医師の導入に関する問題点を示す.
【言語の壁】
表3に示したとおり,イギリスやアメリカは,英語圏の外国人医師を受け入れる傾向がある.同様に,他国において も同じ言語圏の外国人医師を多く受け入れている[6].英語圏のオーストラリアにおける外国人医師で最も多いのは,イギリス人である.また,ドイツ語圏の スイスやオーストリアで最も多い外国人医師は,ドイツ人である.
日本語を公用語とする国は日本以外にはない.したがって,外国人が日本で診療を行うためには,日本語を新たに習得する必要が生じる.この点,外国人医師 の導入には言語の上で障壁が生じる.
表3:http://pediatrics.news.coocan.jp/MRIC/imin_MRIC_tab3.pdf
【欧米に比較して低い日本の勤務医給与】
表4にOECD主要加盟国における一般医の報酬を示す[4].各国の報酬は,為替レートに物価水準を加味した購買力平価(PPP,平成20年現在,$1=¥116.3[2])で示している.なお,オーストラリア,カナダ,イギリスは給与ではなく自営による報酬を示し ている.日本における勤務医給与[10](きまって支給する現金給与(月)額×12か月+年間賞与その他特別給与額)と比較して,アメリカにおける医師給 与は1.35倍である(2001年値).一方,自営による報酬ではあるが,イギリスの医師の報酬は,日本の勤務医給与の1.69倍となる.雇用形態が異な るので,一概に比較はできないが,イギリスおよびアメリカに比べて,日本の勤務医給与は低いといえよう.
表4:http://pediatrics.news.coocan.jp/MRIC/imin_MRIC_tab4.pdf
3)日本の勤務医の長時間労働
また,労働時間においても,イギリス,フランス,ドイツの医療職のそれは週40~50時間であるのに対し[11],日本では,男性医師が週 60~80時間,女性医師が週50~70時間とこれらの国々よりも労働時間が長い(図)[12].そればかりではない.アメリカと比較しても,同様である.アメリカにおける医師の労働時間 は,2006~2008年の平均で51.0時間/週であり[13],日本の勤務医の労働時間の長さが突出している.また,労働契約が遵守されているとも言い難い.率先して法律を順守すべき国公立病院において,労働基準法の違反が指摘され[14],時間外手当の支給がなされていないことが多く報じられている.
これらのことから,言語の壁ばかりではなく,イギリスやアメリカと比較して給与水準が低く,労働時間が長い日本の医療現場が,外国人医師から見て魅力 的な労働市場であるとは考えにくい.
図:http://pediatrics.news.coocan.jp/MRIC/imin_MRIC_fig.pdf
【まとめ:外国人医師の導入で日本の医師不足を解決するのは非現実的である】
外国人医師が日本において診療を行うこと自体は,法律上不可能ではない.しかし,アメリカやイギリスなど海外から医師を受け入れている国々と比べて,日本の医療現場は低賃金で長時間労働を余儀なくされる.外国人医師から見て魅力的とはいえない.
さらに,人口に対する医師数を2.09人/1,000人[4]からOECD諸国の平均レベルである3.00人/1000人まで医師数を増やすために は,約12万人(1.3億人×(3.00-2.09)人/1,000人)の医師の増員が必要である.しかし,医師数が日本よりも多い国は中国,アメリカ, インド,ロシア,ドイツの5か国しかない(表5)[15].特に,中国やインドには,それぞれ136万および64万人の医師がいるが,人口あたりの医師数は日本よりも少ない.もし,こうした国々から医師を招へいすれば,国際社会から非難をあびることは必至である.また,人口あたりの医師数が多い,アメリ カ,ロシア,ドイツから医師を招へいすることも,言語の壁があるため簡単であるとはいえない.
表5:http://pediatrics.news.coocan.jp/MRIC/imin_MRIC_tab5.pdf
地域における医師不足が社会問題化しているが,短期的な解決法として外国人医師を導入することは,日本では無理であると思われる.新たに医師の養成を行うには10年程度の年月が必要となる.したがって,今後10年間は,医師不足は解消しない.限りある医療資源をいかに有効活用するかがカギとなる.医療機 関を重点化・集約化すること,不要不急の時間外受診を抑制することが今後さらに必要となるだろう.継続性のある医療をどう構築するのか,国民を巻き込んだ議論が必要である.
ご助言をいただきました聖隷浜松病院 腫瘍放射線科崔秉哲先生に深謝いたします.
【参考文献】
1) 日本小児科学会.病院小児科医の将来需要について,2005年4月6日.
http://jpsmodel.umin.jp/DOC/demandofpediatricianinfuture.doc
2) 厚生労働省統計情報部.医師歯科医師薬剤師調査,平成8年~20年.
3) 文部科学省高等教育局 医学部医学科入学定員の推移(2009年)
4) OECD.OECD Health Data, 2009.
5) 法務省入国管理局. 在留外国人統計,平成3~平成21年
6) Simoens S, Hurst J. OECD Health Working Papers No21,The Supply of Physician Services in OECD Countries, 2006.
7) 出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令. (平成2年5月24日法務省令第16号,最近改正 平成19年8月24日法務省令第50号)
8) 外国医師又は外国歯科医師が行う臨床修練に係る医師法第17 条及び歯科医師法第17 条の特例等に関する法律. (昭和62年法律第29号)
9) 厚生労働省医政局.臨床修練外国医師許可数,昭和63年度~平成20年度.
10) 厚生労働省統計情報部.平成20年賃金構造基本統計調査.
11) EUROSTAT. Eurostat Labour Force Survey,2000.
12) 厚生労働省医政局 医師の需給に関する検討会(第12回),2006年.
13) Staiger DO, Auerbach, DI,Buerhaus, PI. Trends in the Work Hours of Physicians in the United States. JAMA. 2010;303:747-753.
14) 江原朗.国立大学病院・公立病院は労働基準監督署からどのような是正勧告を受けたのか.日本小児科学会雑誌2009;113:1268-1270.
15) WHO.World Health Report 2006.