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Vol.054 歴史的緊急事態の下での規制を正当化するものは助成措置である

医療ガバナンス学会 (2020年3月18日 06:00)


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この原稿は月刊集中3月31日発売予定号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2020年3月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.クルーズ船対処での教訓
つい1ヶ月足らず前(2月13日時点)に新型コロナウィルス感染症と応招義務に関する原稿を書いていた時には、クルーズ船の大騒動や国内感染の拡大が現実化するまでには至っていなかった。ところが、その後にクルーズ船問題は連日報道され続け、遂には国内感染も拡大し、さらには全世界的な感染拡大を見て他国政府はそれぞれ炎上する事態となっている(3月10日時点)。

しかし、クルーズ船への対処は将来への有益な教訓を得たところがあった。今後の行政において生かすべき点が多い。

2.クルーズ船対処への責任追及
まず、クルーズ船対処の責任追及については、「善きサマリア人の法」と同様に考えてよいであろう。故意とか重大な過失がない限りは責任は問われない、ということである。民法の規定を援用すれば、「緊急事務管理」がそれと同様と言ってよい。「緊急事務管理」は、民法第698条に定められたものであって、「管理者(注・たとえば医師)は、本人(注・たとえば患者)の身体・名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。」ことを言う。ここで言う「管理者」とは、民法第697条(事務管理)に定める「義務なく他人(注・たとえば患者)のために事務の管理を始めた者」を指す(注・たとえば医師)。

クルーズ船対処に当たったDMAT(災害派遣医療チーム)・DPAT(災害派遣精神医療チーム)、厚労省等の事務官、応援部隊の医師(医系技官)、現場部隊長として船内に乗り込んだ政務三役は皆、現場で奮闘した者であり、まさに「善きサマリア人」達と評してよい。ただし、(後日になるであろうが、)本当に故意または重大な過失があったかどうかについて、参謀格の医系技官に対してだけは十分に検証しなければならないであろう。

3.クルーズ船での隔離の正当性
(これも含めて「歴史的緊急事態」と評してもよいであろう)約3700人ものクルーズ船での隔離措置は、果たして正当なものであったと評しうるであろうか。

一般的に言えば、「検疫」や「隔離」の措置は、「規制」措置に当たる。基本的人権に対する規制と言ってよい。移転の自由を制限して船中に留め置くのであるから、強制的な「停留」であろうとなかろうと、それ自体として「規制」である。また、特に船内感染の数の多さからすると、いくら多く「検疫開始前(2月5日)にCOVID-19の実質的な伝播が発生」していたとしても、クルーズ船の隔離と船内感染すべてとの因果関係までは一切は否定し切れないであろう。つまり、隔離措置以降に、遅れて船内で感染したいくばくかの乗客乗員の存在は否定できないと思われるのである。

そうすると、隔離の正当性を検証する際の重要な要素の一つとして、その「隔離」の「一時性」を問題にせざるを得ない。つまり、「隔離」を「一時的」なものだったと評しうるくらいに、可及的速やかに隔離を解消する措置を試みていたかどうかがポイントとなるのである。

4.PCR検査という助成措置の遅れ
一般的に言うと、当該規制を正当化する要素の一つとして、当該規制を可及的速やかに解消するための助成措置(注・さらなる「規制」措置ではない。援助や支援と同種の「助成」である。)を講じようとしていたかどうか、が重要なポイントとなる。考えうる「助成」措置にはいくつもあるが、この間に話題となったポピュラーなものを採り上げてみよう。

最も話題となった「助成」措置は、「PCR検査」にほかならない。我が国のPCR検査の数は、他国に比べて圧倒的に少ないように思う。PCR検査による区分ができないので、分散した下船や分散した隔離へと移行できず、一括した船内隔離を選択せざるを得なかったようにも見える。いずれにしても、クルーズ船内に隔離して規制しているのであるから、規制したまま経過観察で放置というのでは、その規制の正当化は難しい。(そもそものPCR検査体制の不備という元々からの不作為の失政はともかく、)ただ、PCR検査体制の不備によるPCR検査遅れは、2月上中旬当時だけはやむをえなかったとは言えよう。しかし、その当時、クルーズ船乗客乗員への全数検査が行われていないことについて、厚労省の担当審議官は「PCR検査ができません。」とは発表せずに、「PCR検査をしません。」と発表していた。その額面通りに受け取り、もしも意図的にPCR検査遅れを放置していたとするならば、クルーズ船隔離の継続の正当性が失われてしまう。

5.隔離設備などの助成措置の遅れ
本来、船内に一括して隔離せずに、分散して下船させたり、分散して一時隔離したり、入院させたりするのが常識的である。ところが、PCR検査体制が不備だったのみならず、指定感染症医療機関の入院体制が不備だったり、下船後のその他の隔離施設も不備だったらしい。航空機救出での帰国者については、民間ホテルや国営施設などでまかなったが、クルーズ船の乗客乗員は数が多すぎて、まさに想定外だったようである。

しかし、発想を転換すれば、事は簡単であろう。厚労省も、墨俣城や石垣山城といった一夜城に負けず、中国の規模にも負けずに、病院やホテルのような入院施設や隔離施設を造ったり丸ごと借り上げたりすればよい。参謀格の医系技官レベルではなく、現場部隊長や政府首脳レベルで決断して行うべきことであろう。

このような発想で行うべき事柄は、枚挙にいとまがない。しかし、当初は「2週間の国民の休日」構想など絵空事のようにも思えていたが、そのたった1ヶ月後には、実際は実質的に現実化してしまった。事の重要性に応じて、発想の転換が必要なのである。

6.規制の実質は助成
10年前の新型インフルエンザ騒動の時もそうだった。往々にして力んでしまって、力で封じ込めようと規制に次ぐ規制を連発しがちである。しかし、事は力んでも解決しない。規制を実効あらしめるコツは、実はその裏の「助成」措置にある。

PCR検査や隔離施設などの助成措置は、その良い一例であろう。クルーズ船対処という「歴史的緊急事態」での教訓は、まさにそこにある。緊急事態の下での規制を正当化するのは、助成措置なのである。

今後展開されるであろう緊急事態宣言の下での諸措置に、クルーズ船対処での教訓が生かされることを願う。

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