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Vol. 158 新型インフルエンザ発生から1年を経て(1)

医療ガバナンス学会 (2010年5月7日 07:00)


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-感染研・春の陣を振り返る-

山形大学医学部附属病院 森兼啓太

2010年5月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


昨年4月末の新型インフルエンザ2009年H1N1発生から1年が経過した。世間は本疾患に対して急速に興味を失いつつある。日々様々なことが起こるこの世の中であり、無理もない話であろう。流行こそ世界的に小康状態を保っているが、再流行の規模やタミフル耐性株出現の懸念、オーストラリアで発生しているワクチンによる重篤な副反応の懸念など、現在進行形の出来事であることは確かだ。

先日手元に、筆者が昨年6月まで所属した国立感染症研究所(感染研)の学友会会報50巻1号「パンデミック(H1N1)2009特集号」が届いた。筆者は当時、感染研・情報センターに所属し、ウェブサイトによる情報発信を担当していた関係で、本特集号に寄稿した。自分の文章を読み返しながら当時の状況を思い出すと、黄金週間前後は国内患者発生がなかった(正確には検知されていなかった)ため、本疾患に関しては海外の情報に全面的に依存していた。世界保健機関(WHO)やアメリカ疾病対策センター(CDC)から発出される情報や文書は質・量ともに圧倒的で、これを翻訳して提供する作業が中心であったため、情報センタースタッフだけでなく感染研他部署のスタッフにも翻訳を依頼した。その後は各種ガイダンスの策定に作業をシフトし、多くの方々に活用して頂くことができた。

感染研は国の試験研究機関であり、新型インフルエンザ対応の主要な部分はラボ検査、すなわち病原体診断であった。当時はインフルエンザウイルス部門だけでなくその他の部門の研究者や技術者が24時間体制で検体検査に従事した。連絡や後方支援にあたる事務部門も24時間体制を組み、全力をあげてその任務を全うしようとした姿が、この特集号から読み取れる。私自身は検体検査に従事していなかったが、もう一つの感染研の役割である情報収集と発信の任務を帯びて、黄金週間は一日も休まず所に出勤し、ウェブの情報技術的作業を行う非常勤職員にも交代で出勤を依頼して、必要と思われる情報提供にあたった。

同会報は一般の目に触れることが少ない。当時の状況を記録した貴重な資料だけに、非常に残念である。この特集号「感染研・2009年春の陣の総括」から浮かび上がってくる問題点をいくつか拾ってみる。まず、良かった点としては、

★感染研新型インフルエンザ対策行動計画の策定が、2009年4月に終了していたこと。これにより、意思決定のプロセスや業務支援、健康管理についての認識が事前に共有されていた。また政府の対策本部が設置される前日に「感染研パンデミックインフルエンザ対策会議」が招集され、感染研の新型インフルエンザ関連主要業務である検体検査と情報提供に関する業務体制が明確になった。
★高度な専門性を持ち、国の保健福祉行政機能を支える研究者としての高い意識に根ざす、業務への忠実性。初めて手にするインフルエンザウイルスの遺伝子検査(PCR)に関して、検査法も手探り的な面もある中、感染研の結果が最終判断になるというプレッシャーのもとで、24時間体制での検査対応を忠実かつ着実に行った。
★国内発生に際して直ちに疫学調査チームを派遣した。感染研に国内初発例の情報がもたらされたのが5月15日深夜であったが、16日午前2時にはチーム派遣を決定し、同6時にはスタッフが現地に向けて出発している。アメリカCDCのアウトブレイク調査チームはいつでも5時間以内に出発できる体制を取っていると聞くが、それに近い迅速さであった。

などがあげられる。

一方、感染研の対応として良くなかった、改善すべき点としては本特集号であまり指摘されていない。自己批判することはなかなか難しいので、機会を改めて医療関係者や地方の保健福祉行政担当者などの意見を聞く必要があるだろう。ただ、本特集号には感染研以外の人(地方衛生研究所、医療機関)の投稿もあるが、その中には感染研への厳しい要望や批判は見当たらない。

感染研以外で、本特集号で指摘されている問題点を見る。

検体検査の分担指針として、感染研では検疫所または地方衛生研究所(地衛研)での検査で新型インフル陽性、またはA型で亜型分類不能(=ソ連型でも香港型でもない)となった検体についてのみ、確認検査を行うことになっていた。ところが、5月4日に厚労省から通知が出され、地衛研への送付と同時に感染研にも検体を送ることになった。このことにより、全ての疑い検体は地衛研や検疫所での結果を待たずに昼夜を問わず直ちに感染研に搬入されることになった。

感染研は国の試験研究機関であり、「試験」の側面だけでなく研究の側面も持つ。インフルエンザに関して言えば、検体検査だけでなくウイルスの詳細な遺伝子解析やワクチン開発なども行わねばならない。感染研と地衛研・検疫所との役割分担を定めた事前計画は妥当であった。それを厚労省の通知一本でひっくり返された形になったわけだ。

当時の状況を、インフルエンザウイルスセンター第2室の影山室長は寄稿の中でこう振り返る。「当時、検疫対象になっていた北米路線は夕方日本に到着するため、疑い症例の検体が感染研に搬入されるのは深夜以降となり、深夜から明け方に検査が集中した、(中略)明け方になると集中力も低下し、いつも以上の緊張感を強いられた。検体数はさほど多くないのに五月雨式に搬入されるので、何度も検査をすることになり、精神的にも肉体的にも予想以上に疲労が蓄積した」。

また影山氏はこう振り返る。「厚労省は現場の状況を把握しないままに様々な事務連絡を一方的に発出したため、検査対応の方針が次々と変わり、地衛研や検疫所の現場では多くの混乱を来して多大な負担をかける事となった。」事実、本特集号に寄稿している地衛研職員は「厚労省からの度重なる検査対応方針の変更の事務連絡にも混乱を生じた」と記している。

もちろん、厚労省においても感染研と同様に土日も夜間も構わず多くの職員が登庁し、情報収集や地方自治体とのやりとりをはじめとする行政対応にあたっていた。筆者も厚労省に頻繁に出入りしていたが、若手・中堅の職員が睡眠不足でふらふらになりながら執務を続けている姿は目に焼き付いている。彼らの思いは我々と同じであり、国民のニーズに応えるための国家公務員としての責務を全うする、という共通目標に向かっていたはずである。その目標に向かい、その視線でものごとを考える限り、国が新型インフルエンザ対策に関する批判を受けることはないはずであった。いつから歯車が狂い始めたのか?

特集号に寄稿している感染研広報担当の布施氏の言葉が本質を突いている:「前後の脈絡に乏しく、他の既存システムと整合性の無い思いつき、省内・課内縦割り(極端に言えば人別の縦割り)の要求が雨あられのように感染研に押しつけられていた時期もあり、情報センターの穏健な人達がほとんどキレかかっている姿がしばしば見られた」

もはや問題点は明らかなように思われる。組織のガバナンスのなさである。

厚労省では今、新型インフルエンザ対策総括会議を数度にわたり開催し、国の対策を検証している。大筋として、事務局が用意した資料を時間をかけて説明し、国の対策を正当化する流れになっている。予想通りである。しかし一筋の光明も見える。その会議のメンバーである岩田健太郎氏は、ブログ(1)で「上田(博三・健康局長)さんは厚労省が危機管理の素人であり、その業務にふさわしくないことをカミングアウトした。質的、量的人材不足で必要な仕事が出来ていないこともカミングアウトした。これでいいのだ。厚労省の無謬神話と、それから派生する厚労省悪玉説、陰謀説という古典的アメリカン・コミックの世界観から一歩前進である。」と書いている。詳細は逐語の議事録を待つ必要があるが、新型インフルエンザ対策において国の行動が全て正しかったという、結論ありきの検証が少しでも方向転換することを期待する。

(1) http://georgebest1969.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-fd2a.html

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