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Vol. 161 タバコ税の引き上げを機に、国内の葉タバコ栽培を生薬栽培に切り替えてはどうか

医療ガバナンス学会 (2010年5月10日 07:00)


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-医学生からの提言-

慶應義塾大学医学部 4年 竹原 朋宏
慶應義塾大学医学部 4年 松本紘太郎
NPO健康医療開発機構 竹本 治
2010年5月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【はじめに】
今年の10月にタバコ税が大幅に上がる(20本入り一箱で+70円)ことが決まり、これに伴い、マイルドセブン等の大幅な値上げも発表された(注1)。タバコ市場は最近の健康意識の高まりから年々縮小を辿っているが、JTによれば今回の増税の影響で国内需要は2割以上落ち込むらしい(注2)。医学を志す立場としてタバコが健康にもたらす悪影響を考えれば、それでも構わないようには思うが、現実はそう簡単ではなく、国としては税収の確保とともに、生産農家である葉タバコ農家の生活等をどのように支えていくのかも政策上の課題となっていると聞く(注3)。
一方で最近、漢方について勉強する機会をもった。以前は「漢方は中国からやってきた日本の伝統医学で、西洋医学の影で細々と続いているもの」といった程度の知識しか持ち合わせていなかったが、実際には世界情勢は随分ダイナミックに動いており、伝統医学は有用性の高い医療、戦略的な産業として世界各国でも注目されている。もっとも、日本だけは漢方を活かすための政策対応が遅れており、課題が多い。特に生薬についてみてみると、生薬原料の自給率は2割以下に過ぎず、将来は輸入が難しくなる可能性も高いなど、かなり危機的な状況にあるということがわかった。
漢方薬の原料がなくなっては、漢方医療自体が立ち行かなくなってしまう。では今我々は今、何をすべきか?
以下、医学生の立場から、漢方医療を巡る内外情勢にも補説しながら、特に生薬資源確保策について最近考えたことを述べてみたい。

【漢方・伝統医学は世界で注目されている】
まず、漢方・伝統医学への需要をみると、世界全体では拡大の一途を辿っている。欧米では代替医療・伝統医学に対するニーズが強く、生薬市場は10兆円以上になることが予測されている。ドイツでは医師全体の1割以上が鍼灸師の認定資格を有しており、国民の3割が鍼治療を受けている。
WHO(世界保健機構)でも、国際疾病分類(ICD)の25年振りとなる改定作業が進められているが、ICD-11(第11次改定)には新しく東アジア伝統医学分類が加わるのを機に、アジア各国で盛り上がりを見せている。

【生薬は戦略産業となってきている】
また、生薬を知的財産として戦略的に使う動きも活発化している。
例えば、鳥インフルエンザが流行したときに、タミフルの原材料である八角(ハッカク)の価格が高騰したが、これはタイが八角の輸出を制限してワクチンとバーター取引をしようとしたからである。
また、中国政府は伝統医学が商売になるとみて、伝統医学の国際市場を独占しようと動き始めており、同国の積極的なロビー活動によって、昨年9月、ISO(国際標準化機構)に『中医学の専門委員会』を設けることが承認された。
さらに、これと並行して、生物多様性条約の締結国会議の議論では、生物の多様性の維持を理由に資源国が自国産の生物資源の保護を強めようとしている。このまま行くと、生薬原料の8割を輸入に頼っている我が国としては早晩生薬原料の入手が困難となる可能性が高い(注4)。

【日本でも医療ニーズは強いが、政策対応は遅れている】
このような世界的な動きの中で、伝統医学・生薬産業にかかる日本の対応をみると、国民の切実なニーズがあるにも拘らず、政策対応が遅い印象があり、農業振興・食の安全保障に関する構図とよく似ている。
昨年11月の事業仕分け作業で漢方はいったん健康保険適用除外とされたが、これに反対する署名が3週間で92万人集まったことに象徴されるように、伝統医学に対する国民の期待は大きい。自分たちも風邪などの際にはしばしば漢方薬の世話になっているが、その効果は確かなものであり、漢方医学はまさに実学と呼ぶにふさわしい。医療の現場では日常的に漢方薬が処方されており、日本の医師の83%が漢方を処方しているという数字もそうした生活実感と合っている。
一方、こうした内外情勢にも拘らず、日本では漢方を一段と活用するための政策対応の動きはいささか鈍いように思う。本稿では漢方医療の政策課題全般には立ち入らない(注5)が、生薬原料確保という論点に絞ってみても、国内生薬生産についての明確な産業振興策が立てられないままに、安価な輸入品に押されて、生薬自給率が年々落ちるままに任せているのが実情である。生薬確保のための環境が厳しくなっていることは、漢方薬が日本の医療現場で自由に使えなくなるかもしれないことを意味しており、漢方医療が危機に瀕しているといっても過言ではない。政府としては、早急に対応策を講じるべきではないだろうか。

【生薬栽培への転作は現実的な政策たりうる】
では、生薬原料確保のために一体何が出来るのか。我々は何をすべきなのか。
冒頭に述べたように、健康志向の高まりに今回の増税が加われば、タバコ市場は一段と縮小傾向を強めることは間違いない。葉タバコ栽培はジリ貧であり、誰よりも農家自身がその将来性について不安を持っているに違いない。したがって、葉タバコ栽培と遜色ない収入を保証さえできれば、葉タバコ農家が生薬原料栽培に切り替えることは十分考えられるであろう(注6)。
こうした問題意識の下、葉タバコ栽培から生薬原料栽培への転作が果たして政策として現実的なのか、葉タバコ農家からみて経済的に見合うのかについて、多くの漢方薬に使われている当帰(とうき)と三島柴胡(みしまさいこ)の2品目を使って試算してみた(注7)。
我々の試算によれば、当帰・三島柴胡のいずれについても、ある程度の補助金を用意さえすれば葉タバコ農家の転作を促して国内生産を大幅に増やすことが出来る。すなわち、当帰については、年間わずか数千万円の転作奨励金があれば、生産を倍増し、自給率100%を視野に入れることも出来る。また、三島柴胡についても、年間6.6億円規模の生産補助金を拠出できれば、安価な輸入品とも十分競合できるようになって、自給率を現在の1割程度から5割に引き上げることも無理ではない。このように、葉タバコ農家に生薬への転作を奨励していくことはかなり現実的な政策と考えられる(注8)。

【国民にとって必要な農業政策・医療政策とは】
無論、補助金をどういった産業に与えるのかは国民の選択次第である(注9)が、葉タバコ農家の転作を支援していくことは、タバコ産業自体を保護することよりも国民に支持を得られやすい農業政策であろう。それと同時に、有効な生薬資源確保策として漢方医療を支える重要な政策にもなる。
もし、生薬資源が手に入らないことで漢方医療が存続できないような事態となったら、事業仕分けの際に3週間で署名した92万名の怒りの矛先は当然政府に行くであろう。10年20年先を見据え、政府は是非こうした施策について真剣に検討してほしい。

(注1) http://www.jti.co.jp/investors/press_releases/2010/pdf/20100428_02.pdf
(注2) http://www.sankeibiz.jp/business/news/100429/bsc1004290502005-n1.htm 等。
(注3)  http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/modules/news1/article.php?storyid=1093 等。
(注4) 例えば、平成21年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)『漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のため調査研究』第3回会合
(http://kampo.tr-networks.org/sr2009/index.php/output/meeting012510overview/)
を参照。
(注5) 漢方医療を巡る諸課題と政策対応については、上記特別研究の『提言』
(http://kampo.tr-networks.org/sr2009/index.php/output/)を参照。
(注6) 2008年9月のMRICへの投稿(http://medg.jp/mt/2008/09/vol-17.html)において、鈴木寛文部科学副大臣も「生薬栽培は高収益を安定的に望め、たばこ・米からの転作促進や農業振興策としても有効」と述べている。
(注7) 当該試算の詳細については、NPO健康医療開発機構・慶應義塾大学漢方医学センター共催「第6回21世紀漢方フォーラム『漢方・鍼灸を活用した日本型医療の実現に向けた具体的対応』」(本年3月17日)におけるプレゼンテーション資料

http://www.tr-networks.org/usr/NPO-usr-504-073.html

を参照。
(注8) 当試算では、所得面からみて必要となる条件に絞って検討したことから、補助金の金額の多寡のみで政策の実現可能性について論じている。より現実的な政策としていくためには(1)(葉タバコにおける「全量買い上げ制」に準じた保証などにより)生薬栽培にかかる経営リスクを軽減し、(2)栽培技術やノウハウを提供するとともに、(3)経営効率化を通じた価格競争力の強化により産業として早期に自立させること、等が必要となろう。
(注9) 例えば、戸別所得補償については、賛否両論はあるものの、22年度にはモデル事業としてコメ農家に対して総予算規模5,600億円もの所得補償がなされることとなった。http://www.maff.go.jp/j/seisaku/kobetu_hosyo/index.html

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