医療ガバナンス学会 (2020年5月7日 06:00)
ケイ.アンビエンテ株式会社
代表取締役 森信啓太
2020年5月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
交通網の発達とインターネットの普及により昨今は世界各国との距離が近くなり、情報も簡単に入る事態になった。また海外との人の行き来も簡単になり、物流網も整備されて、その昔は商社の独壇場であった海外からの物資調達も個人輸入含め徐々に誰でも出来る時代になった。小生も前職は商社勤務であったが、時代の変化の中で商社の役割がどんどんなくなっていく焦燥感を年々感じていたものだった。
それが、今回のコロナ騒動の渦中においてはインターネットやマスコミ報道がマスク不足の情報をクローズアップして世界中の人々の焦燥感を煽る一方で、調達ルートに関する情報はほとんど出回らず、そのことが供給不足のイメージを更に増幅しているように感じる。そして、実際のマスク調達現場については50年以上前の、かつて商社が情報を武器に世界各国からの物資を調達した環境に逆戻りした。もはや、机上でPCやスマホをたたくだけではどうにもならず、本当に自ら『現場に立つ』ことが重要な局面を迎えている。
そんな中、人の往来もできず、主要生産国中国からの邦人駐在員の帰国を余儀なくされて現地スタッフのみの状態となった大手企業は物資調達において指示命令系統を失い、明らかに調達力を落としている。であるならば日本国内生産をという考えに自然となるが、長らく日本はマスク生産を中国に依存しており、一朝一夕で日本製のマスクが現状の需要をカバー出来る環境ではなくなっている。加えて緊急事態宣言以降、大手企業は在宅勤務の推進によってますます自ら『現場に立つ』ことができなくなっている。だからこそ弊社のような小舟がその機動力を発揮して世の中の為になればと、中国でのマスクの製造、輸入、販売に乗り出した。
マスク専業でなく、薬局等の大口の販路も持たず、自社のメディカルユニフォーム販売サイトでの展開と弊社社員の口コミが全ての営業ツールであり、いわば販売力未知数のままでの中国への発注はかなりの緊張感があった。初回発注は10,000枚(200箱)。この数は決して多い数量とは思わないが、販路がなく、いわば嫁ぎ先の決まっていない商品を発注するというのは数量の大小に関係なく零細企業にとって相当なプレッシャーである。
幸いにも弊社には優秀な中国人スタッフが2名いて、彼女ら自らが『現場に立ち』、2月から安定供給できる工場を探してくれていた。3月の後半には5工場に絞り、最終的にはその中で商品の完成度が一番高かった1社に決めて取引を開始した。情報がなかなか入らないマスク調達において現地スタッフが自ら『現場に立つ』ことで果たした役割はとても大きかった。机上の議論だけでは今の生産体制は構築できなかったはずだ。そして、彼女らが直接工場訪問して自身の目で工程、品質、出荷体制を確認してビジネスが始められたからこそ発注時の大きな安心感が得られ、それが弊社の強みともなった。結局ビクビクしながら発注した初回分はなんと1日で完売して完全に売り越し。当初の心配は杞憂に終わる。これは現地スタッフの働きに加えてお世話になっている医療機関の先生方、看護師の方の拡散のお力によるところも大きく、皆様に心より感謝している。
その後は怒涛の追加生産に入ったが、日本に入ってきてもほぼ即日出荷の状態が3週間続いた。折しも緊急事態宣言が発令され、本来であれば出荷作業を委託できる先も人手不足の状態であったため、それでもなんとか商品を1日でも早くお届けしようと社員総出で出荷作業にあたった。時には家内や娘たちの力も借り、この時代ではあり得ない問屋制家内工業的な対応で奮闘した。世の中に少しでも早くマスクと共に安心をお届けしたい一心であった。
5月以降については、緊急事態宣言解除後に人の往来が激しくなりマスク需要が再び増えることを見越して50万枚の備蓄体制を敷いている。これからは発注頂ければほぼ即日出荷が可能となる。当初は1万枚の発注にも腰が引けていた弊社からするととんでもない冒険である。ただ、現状高騰しているマスク価格を下げるためには供給量を増やすことが必須である。本来はこのような動きを国や地方の行政と協力して行えれば理想であるが、それが機能し始めるまで、零細ではあれども弊社なりに社会に貢献したい。少々在庫が余っても世の中のお役に立つのであればそれでもいいと覚悟も決めている。政府が大手企業の余ったマスクを備蓄用に買い取るという話を耳にするが、我々のところにはそのようなお話は一向に届かない。供給量をいち早く増やすためにはむしろ我々のように機動力がある小舟の零細企業を活用するべきではなかろうか。
国内生産での供給量を増やすことも否定しないが、平時を迎えた時に国内生産の価格は絶対に通用しない。競争力を失った生産ラインは恐らく無用の長物と化し、最終的には雇用もなくなり機械も無駄になるだろう。実際に『現場に立つ』人間からすれば、短期で準備することが難しい上に中長期的にも無駄になるかたちでお金を落とすのではなく、その予算を海外からの調達の障壁を減らしその中で各種助成(関税の減免や物流費行政負担等)を行うことにまわす方が、財政的支出も軽減しながらもっと安価でマスクを市場に流し、国民に早期に安全を届ける体制が構築できるのではないかと思えてならない。
弊社も門外漢のアパレル企業がマスク調達に乗り出していいのかどうか、当初は大いに葛藤があったが、儲けようという思いよりも、まずは根底の部分に困っている皆様のお力になりたいという純粋な気持ちがあったからこそ厚生労働省、経済産業省、東京都保健局等にご指導を頂きながらあるべきかたちでビジネスを成立させている。そこで実感しているのは、もう少しマスク販売の許認可等の仕組みについて行政が分かりやすく呼びかけを行えば、マスク供給はもっと早く需要を満たすことができたのではないかということだ。たった一つの商品を販売するにあたっても様々な規制があり、それに抵触してコンプライアンス問題に巻き込まれるのは企業にとっては大きなリスクとなる。そこにわかりにくさや、なにより行政側の消極的な姿勢が垣間見えれば企業が二の足を踏むのは当然である。例えば「マスク不足解消のため、企業の大小を問わないのでまずは沢山のマスクを市場に流通させて欲しい。その為にはこのような助成を用意した。輸入はこのかたちでして頂ければ各規制や法律に抵触しない。」といった呼びかけが行政の側からなされれば、協力できる企業はもっと多く、ここまで国民がマスク不足と価格の高騰に悩む必要はなかったであろう。アベノマスクもいいが、それにかけた費用の半分程度の助成があれば、今の流通量の倍の供給量を産み出すことも出来たはずである。