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Vol.104 日本における五輪女性アスリートの結婚、出産年齢の現状と推移〜女性アスリートの人生により多くの選択肢を!(1)

医療ガバナンス学会 (2020年5月20日 06:00)


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ハンガリー国立セゲド大学医学部5年
川本歩

2020年5月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

東京五輪の延期が決まった。多くのアスリートが調整スケジュールの変更を余儀なくされる中、とりわけ出産後の復帰を目指す「ママアスリート」への影響は大きい。「田村で金、谷で金、ママになって金」という谷亮子氏の言葉はあまりにも有名だが、日本でママアスリートが活躍する例はまだまだ少ない。具体的なトレーニングの研究や育児への支援など、ママアスリートのサポート体制が乏しいためだ。実際、世界で最も有名な論文検索サイト”Pubmed”で”pregnancy athlete japan”で検索したところ、日本の女性アスリートについての論文は日本産婦人科学会の年次報告1件しかなかった。

・女性アスリートの課題と日本の現状
そもそもオリンピックへの女性参加の歴史は1900年に行われた第2回近代オリンピックまで遡る。当初テニスとゴルフのみであった競技種目は拡大し、2014年に国際オリンピック委員会が「女性の参加率50%」を目標にした改革案を採択してからは、男女混合種目を新しく設けるなどの動きもみられる。その影響もあり女性の参加率は上昇傾向にある。

一方で、女性アスリートならではの新たな課題も生まれてきている。その1つが結婚や出産のタイミングだ。とりわけ妊娠・出産は妊娠中のトレーニング継続や産後復帰のノウハウ蓄積も少なく、身体的変化への恐怖から女性アスリート自身から積極的に避けることも少なくない。実際、ロンドンオリンピックの日本人女性出場選手132人のうち、既婚者の割合は2.3%、子供がいる者の割合は1.7%であった。(1)

女性アスリートが人生の選択肢を広く持つためにもママアスリートへの支援は重要だ。しかし、そもそも日本における女性アスリートの競技人生と妊娠・出産年齢の情報については、詳しい調査が不足している。そこで今回、日本における男女のアスリートのメダル獲得年齢、結婚・出産年齢の現状および傾向の変化を比較調査した。

・調査方法とその結果
1992年から2016年の間に開催された夏季、冬季オリンピックの個人競技(団体、ダブルスを除く)で、メダルを獲得した男女のアスリートを調査対象とした(男性105名、女性84名)。また、それぞれのアスリートについて、メダル獲得時年齢、子供の有無、第1子を得た年齢を調べ、経時的推移について、男女間で比較・解析した。

メダル獲得時平均年齢について、男女差は認めなかった(男性:24.5歳、女性:24.6歳)。しかし、メダル獲得時年齢の経時的変化をみると、男性は変わらなかったのとは対照的に、女性のメダル獲得時年齢が上昇していことが分かった。(Pearson’s Coefficient男性:-0.1080:ほとんど相関無し、女性:0.3252:弱い相関あり)

初婚・第1子を得た平均年齢は男女差を認めなかった(初婚平均年齢:男性 28.4歳、女性29.4歳;第1子を得た平均年齢:男性30.6歳、女性 30.7歳)。一方、女性の方が男性より結婚率は約17%、子供のいる率は約16%、統計学的有意に低かった。(結婚率:男性61.0%、女性 44.1%、子供のいる率:男性43.8%、女性 27.4%)。

一般人口とアスリートの結婚率を比較すると、男性アスリートでは一般人男性より高く、女性アスリートでは一般人よりも低かった(男性アスリート: 61.0%、一般男性20-59歳:52.9%;女性アスリート;44.1%、一般女性20-54歳:56.3%)。第1子を得た年齢の経時的変化は男性、女性アスリートともに下降していることが分かった(Pearson’s Coefficient男性:-0.3191:弱い相関あり、女性:-0.2996:弱い相関あり)。

・女性アスリートのメダル獲得時年齢上昇 3つの理由
以上のように、今回の調査では女性アスリートのメダル獲得時年齢が上昇する傾向が、弱いながらにもあることが分かった。さらに、結婚年齢・第1子を得た年齢の男女差はあまり見られないが、結婚率・出産率は女性アスリートの方が男性アスリートと一般女性に比べ低いことが分かった。
女性アスリートのメダル獲得時年齢が上昇している理由をいくつかの視点から考えてみたい。第一点は単純に、元々女性の身体的パフォーマンスのピーク年齢は男性のピーク年齢と同じであり、そこに近づいてきているという可能性だ。スポーツのパフォーマンスを決める生理学的要因としては、最大酸素消費量や乳酸に対する耐用能が挙げられるが、こうした機能の年齢的ピークに特に性差はないことが知られている。

第二点として、女性アスリートの参加できる競技の増加や、競技参加率の上昇もメダル獲得時年齢上昇の一因と言えるだろう。実際、女性アスリートのピーク年齢推移について考察した先行文献によれば、1896-2014のオリンピックメダリストを第二次世界大戦前(1896-1936)、第二次世界大戦後(1948-1980)、近代オリンピック(1980-2014)の3グループに分けた結果、男性メダル獲得数に変化は見られないが、 近代オリンピック(1980-2014)での女性メダル獲得数が他2つの時代に比べて多いことが分かっており、女性アスリートの獲得メダル数増加に伴いピーク年齢も押し上げられていることが示唆される。(2)

第三点は、女性アスリートならではの問題について理解が深まってきたことが挙げられる。1992年にAmerican College of Sports Medicineが女性アスリートの三主徴(利用可能なエネルギー量の不足、無月経、骨粗しょう症)に対する予防策が必要であることを発表した(注釈:利用可能なエネルギー量の不足:摂取エネルギーから消費エネルギーを引いた残りのエネルギー)。元々アスリートは、パフォーマンス向上のため練習を過度に行い、食事制限も厳しいため利用可能エネルギー不足となる傾向がある。エネルギー不足となり痩せが進むと無月経となり、女性ホルモンであるエストロゲンが欠乏することで骨粗鬆症に繋がり、結果として故障を起こしやすくなる。そのため現在では無月経につながるような極度の食事制限や練習を避けるようになった。(3)

しかし、ここで一つの問題が浮上する。それは月経だ。月1回貧血となり、精神面でも不安定となりやすいことでパフォーマンスが下がる。時期も完全にコントロールできず、試合に重なることさえある。そのためたとえ極度の痩せでも月経がない方がよいというのが過去の考えであったが、この月経問題を解決したのが低用量ピルだ。ピル使用により月経による出血量の減少や時期のコントロールが可能となったことで、女性アスリートの三主徴を克服する素地が整い、継続したパフォーマンス向上が可能となったことで、ピーク年齢の上昇につながった。

日本人アスリートのピル使用率は海外に比べいまだ低いが、内閣府男女共同参加局によると、月経周期調整するための低用量ピルの使用率は7%(2012年)から27.4%(2016年)と増加した。また、月経周期の調整方法を知っている割合は、34% (2012年)から97%(2016年)までに上昇しており、同様の考えが広まってきている。(4)女性アスリートの三主徴への理解も含め、日本においてもメダル獲得時年齢上昇の1つの要因と考えてよいだろう。

次稿では「女性アスリートの結婚率、出産率の低さ」と「第1子獲得時年齢の下降」について考察する。

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