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Vol.103 新型コロナと開業医とPCR検査 ~開業医の声は何故届かないのか~

医療ガバナンス学会 (2020年5月19日 06:00)


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つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子

2020年5月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 緊急事態宣言の解除が始まりました。
今回の緊急事態宣言の最も大きな理由は医療体制整備のための時間稼ぎでした。PCR等の検査の体制を整え、コロナの感染者がでた場合に仕分けをして隔離(軽症→自宅待機や施設、中等症→地域の病院、重症→ICU・人工呼吸器管理)、感染防護具の流通体制を整え、医療機関や介護施設で働くスタッフを守り、オーバシュートしない医療体制を整備するための時間です。
このウイルスは厄介です。この先制限を解除すれば、第2波、第3波と何度か流行を繰り返すでしょう。100年前のスペイン・インフルエンザのパンデミックでは、終息までに2年かかりました。今回も私たちはウイルスとの付き合いが長くなることを覚悟し、感染を広げないポイントを抑えつつ、生きていかなければなりません。

さて、何とか医療崩壊を踏みとどまった形の第1波でしたが、この3ヶ月で次に備えた医療体制の整備は整ったのでしょうか?
今回は、重症者を扱う病院勤務医ではなく、開業医の立場から検証してみます。
まず、PCR検査は保健所を通すというスキームが問題でした。臨床医が判断したものをもう一度保健所にお伺いを立てなければならない、その交渉にかかる労力は、医療機関・保健所双方にとって不毛でした。また、許可が降りても自院でPCR検査することのリスクの高さから、軽症だけど検査した方が良いと思われる事例でも、医師側も検査を依頼しなくなりました。当院事例では、保健所から依頼された患者を診察してコロナを疑ったにも関わらず、なかなか検査してもらえず、1人の対応に2時間かかったこともあります。
その後東京都では、PCRセンターが設置され、保健所経由以外で検査できる道筋ができました。PCR検査を院内で施行できる医療機関も増え、保健所経由でも以前より、スムーズになっています。現在、医師の判断でPCR検査をさせて欲しいという徳田安春先生のChange.orgの賛同者は7万人を超え、民間の検査会社や学術機関等での検査体制がどんどん拡充し、現場の医師が検査をオーダーすることが可能になりました、と総括していましたが、当地を初めとして、保健所経由のスキームのみのところがまだまだたくさんあります。

例えば、つくばは茨城で一番感染者の多いところです(といっても5/16までに27人)。東京に通勤している人が多く、この先往来が再開されれば、第2波が始まります。茨城にまだPCRセンターはありません。茨城の中では、ドライブスルー型のPCR検査場を置くならつくばでした。
残念ながら、県内に唯一設置されたドライブスルー型のPCR検査は水戸(茨城ではなんといっても今だ「水戸」のご意向が強いのです)。しかも対象は県中央保健所の「帰国者・接触者相談センター」に相談があった人のうち、感染疑いがあるとして医師が必要と認めた人、ということで、ここでも保健所経由のルートとなってしまいました。現在、保健所に業務が集中し、そこが目詰まりを起こしているのは周知の事実であり、保健所はクラスター追跡とデータの収集管理業務等に特化したほうがいいのは明らかです。でもなぜかそうはならない。これではこの先患者が増えた時にまた同じことが起きます。患者や医療機関からの相談の電話はつながらなくなり、クレームも増え、私たちの検査要請を受け入れてくれる医療機関を探して保健所職員が電話をかけ続け、陽性者の隔離や送迎で、毎日残業が続き疲弊していきます。

PCR検査は試薬や人手不足で増やせないと言うことですが、他国と比べて見たときに、それをいつまで出来ない理由にするのか、納得出来る根拠が全く示されません。PCR検査にはスキルがいるとのことですが、全自動型のPCR検査機器も何故日本国内ではなかなか導入されないのか?症状のない人には検査出来ないと言いながら、なぜ空港では症状のない人も含めて全員PCR検査しているのか?コロナから退院するときに、未だにPCR検査が陰性になるまで検査し続けるのは何故なのか。それは市中感染の広がりを懸念して私たち臨床医が要求するPCR検査より優先されるべきものなのでしょうか?

感染リスクの低い唾液からの検体採取はPCRの検体としては元々認められていたものですが何故なかなか保険適応にならず、医療者は感染のリスクの高い鼻咽頭からの検体採取をし続けています。また採取した検体は、不活化液を使えば、輸送のリスクも検査に関わる方々の感染リスクもなくなりますが、何故か感染性があるままの検体を搬送しなければなりません。 唾液検体採取と不活化液を使えば、圧倒的に不足している感染防護服はほぼ不要になる可能性があるというのに。
PCR検査以外に抗原検査も始まりましたが、鼻腔からの検査という意味では医療者の感染リスクは減りません。現場から上がる様々な工夫を求める声に臨機応変に対応できないのです。

コロナで最も多い軽症者への対応をするのは開業医です。地域への流行を最初に感知するのも通常なら開業医です。今回、PCR検査は肺炎を起こしたような重症者優先としたために、開業医が診る「風邪症状の患者」の検査がブロックされました。クラスター対策が優先され、私たちは蚊帳の外に置かれました。そして、多くの医師たちもそれを良しとしました。確かに当初は仕方のないことだったのかもしれません。でも100歩譲ってもそれが許されたのは当初のみだったと思います。結局私たち開業医は、いつまでたっても検査体制が整わないことの尻拭いをさせられ続けました。風邪症状の患者さんへ、ひたすら自宅待機を促すことになったのです。その中に本当の陽性者がどのくらいいたいのかもわかりません。コロナかもしれないと自宅待機を促された患者さんの不安は強く、急変して亡くなった志村けんさんの報道があってからは、本人の急変への恐怖、家族への感染の不安がますます高まりました。例えば70歳の男性患者さんの場合、37度前後の微熱と倦怠感が1ヶ月続き、受診早期より酸素飽和度を調べるパルスオキシメーターも貸し出しましたが、結局1ヶ月の間に電話受診も含め5回受診、スタッフの電話での対応はその何倍かになりました。その都度、このくらいの症状ではPCR検査はできないのだろうけど、という言葉と対峙することになったわけです。
筆者のクリニックでは、基本感染症が疑われる患者さんは、初診オンライン診療としましたが、なかには診察せざるを得ない患者さんもいます。体制が整わない中での診察は、自分自身、喉が痛かったり咳が出そうになったりするたびに、自身が感染しているのではないかという恐怖と戦わなければなりませんでした。毎朝の体温計測が不安でした。微熱であっても休診にせざるを得ません。一人でやっている開業医にとってはこれはかなりストレスフルなことです。何年も風邪ひとつ引いたことがない私でさえこれでしたので、勤務医より平均年齢10歳上で、生活習慣病の持病を抱えている方も多い年配の開業医ドクターはどれほど不安かと思います。何しろ、未知のウイルスに対しては私たちも情報がなく、市中への広がりの程度を知ることもできず、地域の感染者の臨床経過は「個人情報保護のため」に私たち医療者にも公開されないのです。
さらに、スタッフへの感染リスクも心配のタネでした。当院のスタッフが4日続く発熱で保健所に相談した時でさえPCR検査は認められませんでした。医療者やスタッフへの感染は、通常の場合と違って早期に検査する必要がありますが、一般人と同じ基準で判断されたのです。保健所のスタッフは臨床医ではありません。国が決めた一律の基準に従い臨機応変に対応することはできませんでした。
クラスター対策では症状のない濃厚接触者が検査を受けていました。空港では水際対策で帰国者が全員PCR検査を受けています。一方、コロナと区別がつかない風邪症状のある軽症患者を診なければならない診療所では、スタッフの検査も軽症者の検査も認めてもらえない時期が続きました。結局、筆者のクリニックでは自衛のために、不活化液を使っているために郵送できる民間業者のPCR検査キットを自分やスタッフのために準備することにしました。

今回の大きな問題点の一つは、管理する側が公衆衛生的視点を重要視するあまり、軽症患者さんへの共感力があまりに欠如していたということです。医療の原点は「手当て」だというのに、入院加療が必要なレベルの患者さん以外は、本人の不安がどうであれ「患者」として扱われなかったのです。軽症者は自宅待機や宿泊施設でどうせ治療法がないのだから、じっとしていれば良いだけだ、と思っている医師があまりに多かったことに愕然としました。
新型コロナの感染症は圧倒的に軽症者が多く、そこへの対応が感染を広めず、結果として重症者の発生を抑制することにつながります。また国民の不安を和らげることもドクターショッピングを減らし、落ち着いて療養に専念してもらうことにつながります。残念ながら、コロナの最前線である開業医による検査には高いハードルが設けられました。私たちの判断は尊重されず、行政の管理下に置かれ、全くリスペクトが感じられませんでした。公衆衛生的視点が優先され、個々の患者の「手当て」は蔑ろにされました。私たちには、必要な人に躊躇なくPCR検査ができる体制が必要でした。

感染防止対策についても、感染防護具の不足は各医療機関の自助努力に託され、消毒用エタノールの供給は、指定医療機関やコロナを診ている病院が優先で、コロナの最前線である診療所は対象外でした。感染対策費用は高騰し、外来数は多くの診療所で激減し(1)、経営を直撃しています。それに対して地域の医師会からの自律した動きも弱く、コロナの前線として扱われていないことへの抗議もなく、行政の指示待ち姿勢でした。行政は、このような状況下の診察で自ら感染した医師に対して、群馬県の知事のように「あってはならないこと」と言って名前を公表するところまで出現し、各地の開業医は後ろから撃たれるようなことまで起きました。

この先続く第2波、第3波に備え、これらの問題点を検証し改善する必要があります。
まずは、医療機関からの検査は、保健所経由でない体制を作ることです。
さらに
・自宅療養アプリを導入し、かかりつけ医が負担なく経過観察できるようにすること。
(すでにこれに近いものを作っている会社もあります。行政はもっと民間力を活用をお願いします)
・自宅療養を指示した人に自宅療養セット(食べ物・体温計・感染対策グッズ等)が届くようにすること。
・ほぼ全ての医療機関が経営上の危機に直面していることに対する対策を早急に取ること。
これらは、現場からずっと上がっている声ですがまだ実現しておりません。開業医が心置きなく診療に専念できる体制を作れば、軽症から重傷までもっと効率よく新型コロナの患者さんを診ることができます。

もう一つ、大事なことがあります。この冬に備えて、国は十分な数のインフルエンザの予防接種を準備しているのでしょうか。毎年秋に繰り広げられる予防接種の争奪戦が今年は激しくなることが予想されます。インフルエンザと新型コロナの流行が重なった場合、国民ができる最大の準備はインフルエンザの予防接種をしておくことです。もしすでに足りないことが確定しているのなら、初回以外の子供の接種も他の国と同じく1回とすべきし、なるべく多くの人に予防接種が行き渡るようにすべきです。
また、インフルエンザの迅速検査キットを製造している業者は、鼻腔からではない検査キットの開発をお願いします。コロナの流行が収まらない限り、今シーズンと同様に、開業医が通常の診療でインフルエンザの迅速検査キットを使うことはほぼなくなります。インフルエンザの流行を見極め、診断をつけて、抗ウイルス薬を処方するという一連の流れが大きく変わります。

最後に国はもっと正確なデータの収集に力を入れ、情報を公開してください。現場の医療者にとってコロナの患者の臨床症状を知ることは、診断をつける上で必須の情報です。また、地域のどこの医療機関にどれだけのベッドがあり、何床空いているのか、検査はどこでどのようにやっているのか、そんな当たり前の医療情報でさえ、私たちはアクセスすることが出来ないのです。情報の正確性と透明性は、患者さんの命に直結します。その大切さをこの国の管理者の方々はもっと認識すべきです。

1)外来患者数83.4%が「減少」、COVID-19影響で◆Vol.1

https://www.m3.com/news/iryoishin/755835

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