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Vol. 178 「ヒヤリ・ハット」この幼稚な言葉を日本の医療界から駆逐してほしい

医療ガバナンス学会 (2010年5月26日 07:00)


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神津内科クリニック 院長  神津 仁

*この文章は、月刊看護実践の科学6月号に掲載されたものを転載したものです。
2010年5月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


医療におけるさまざまな事故を説明する際に、「ハインリッヒの比率」を取り上げることがあります。「一つの大きな医療事故の底辺には300の小さい間違いがある」というのが一般的な説明のようです。大きな医療事故があってはいけない事は明らかですが、それを強調するあまり、病院勤務の医療従事者の間違い探し(粗探し)をする傾向にあるのは問題があるのではないでしょうか。

あまり知られていませんが、ハインリッヒはアメリカの損害保険会社で技術・調査部の副部長をしていた方です。彼は、「傷害を伴った災害を調べると、傷害を伴わないが類似した災害が多数発見されることがよくある。潜在的有傷災害の頻度に関するデータから、同じ人間の起こした同じ種類の330件の災害のうち、300件は無傷で、29件は軽い傷害を起こし、1件は報告を要する重い傷害を伴っていることが判明した」と、著書「産業災害防止論」の中で報告をしました。

当時(1929年)は、大量生産や大量輸送に切り替わる時代で、労働者が起こす事故によって企業が被る被害が莫大になりつつあったため、ハインリッヒのこの1:29:300という比率は、労働災害の保険料率を決めるのに参考になりました。しかしその後、「この比率がすべての場合にあてはまるというわけではなく、たとえば事務員と鉄骨組立工とが同じ比率をもつわけではない」と、ハインリッヒの研究を引き継いだ研究者たちが自己反省し、基本的な考え方自体を訂正したことを知る人は少ないようです。「われわれは1:29:300の比率を全く信じ込み、すべての様式の災害に適用できると思い込んでしまっていた」とその間違いを認めているのです。この意味からして、もちろん、医療や看護にこの比率が当てはまることはないのです。

日本では、このハインリッヒの比率から派生した「ヒヤリ・ハット」という言葉を使っていますが、医療専門職としてこの幼稚な用語をいつまでも使い続けているのはいかがなものでしょうか。欧米では、インシデント(重大な事故には至らず未然に防がれた間違い)、アクシデント(患者の身体・生命にかかわる可能性がある事故)という、きちんとした「専門用語」があって、それぞれが正しく用いられています。看護の分野でも、レスパイトケア、リエゾンナース、グリーフケア、クリティカルパスなど、今はもう多くの外来語がそのまま使われています。日本におけるこうした幼稚な翻訳の誤用については、報告義務を課している財団法人日本医療機能評価機構にもその責任の一端があるようですから、是非正しい方向へと直していってほしいと思っています。

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