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Vol.154 前年度の診療報酬対比での収入減少額をそのまま医療機関に補償すべき

医療ガバナンス学会 (2020年7月27日 06:00)


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一般社団法人医療法務研究協会
副理事長 平田二朗

2020年7月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

一般社団法人医療法務研究協会は、医療安全や医療事故調査制度、「医師の働き方改革」など医療全般にかかわるリスク管理や制度の在り方などを研究課題として取り扱ってきた。
現在「新型コロナウイルス感染症」が世界中を震撼させており、日本での対応も深刻な事態となっている。このままの推移でいけば、日本の医療体制が崩壊し、国民の健康を守るべき様々な組織が機能しなくなるのではないかと危惧している。
そこで私の個人的な見解ではあるが、これまでの「新型コロナウイルス感染症」への対応と今後の方向性について、評価と意見を述べてみたい。

1.新型コロナウイルス感染症のこれまでの経過
ご存知の通り中国の武漢市での発生を起点として、世界中に感染症が蔓延した。いまだに世界で拡がりをみせ、人々の健康と経済に対する打撃は深刻さを増すばかりである。

2.世界各国の対応・アジア
新型コロナウイルス感染症対策は、それぞれの国により違いがある。アジア地域では初期の段階で感染症の蔓延を食い止めた台湾や、トリアージにより症状に合わせた隔離収容体制で臨み、PCR検査を徹底した韓国などは、強制手段を用いて対応した中国やベトナムとは違う対策であった。

3.欧米諸国
ヨーロッパやアメリカ大陸では、一部を除き感染症の広がりを抑制する方向で動いてはいるが、これまでの社会保障体制や医療体制が今回の新型コロナウイルス感染症対策を適確に取ることのできる体制にはなく、すぐに機能不全に陥る国がほとんどであった。

4.日本では
ご承知の通り、初期の段階から今日まで厚労省の対応所管部門と「専門家会議」が検討し、そのうえで政府や地方自治体が最終決定をし、実践してきた。基本戦略は、新型コロナ感染症の全体を把握し対応するのではなく、クラスターや重症者を重点的に対応すれば乗り切れるとした。この方針により感染を疑い不安に思う国民が、PCR検査を望んでも37.5度以上の発熱が続かない限り受付の対象にすらならなかった。初期では多くのプライマリケアを担う医療機関でも、相談してくる患者に「帰国者・接触者相談センター」に連絡するよう対応し、自らの外来受診を避けるような状況も見られた。

一向に改善されない受診や診断体制が続き、多くの臨床医の努力や国民の世論を受けて、医師会や民間検査センターが独自の体制を敷き、対応する体制が整備されてきた。最近の陽性者数の増加はその体制のおかげであり、所管部門の努力の結果ではない。

新型コロナの原因について
1.これまでの社会
新型コロナの発生源が中国の武漢であり、初期の対応で中国政府の対応のまずさをあげそれが責任の大半であるかのような論調がある。しかし果たしてそのようなことで問題が解決するでのあろうか?
たしかに初動態勢でそれなりの対応をしていたらということは言えるかもしれないが、現在の世界的な社会背景では、いつでも新型コロナや類似的な新しい世界的な感染源が発生するであろう。世界中で「富や資本・資源・生産体制・情報・労働力・人間」の移動の自由がうたわれている。新自由主義といわれるが、世界の大半の国がその原理で社会を構成している。資源開発は徹底し、グローバルに市場原理主義が支配し自然と環境と生物資源を破壊し、秩序が壊れ、その感染源はあっという間に世界に伝播する。
これまでの価値観では資本主義と社会主義という東西の対立、左右の対立が軸になっていた時代があった。その時代は終焉した。今回の新型コロナウイルスの発生とその後の対応が問題となっている中国は社会主義国でありながら、グローバルな新自由主義経済の申し子のような国である。我が国も中曾根康弘首相時代から「行財政改革」を実施し、小泉内閣で市場原理政策が大幅に政策として採用され、社会保障とりわけ医療保険と年金政策は強力な抑制政策がとられてきた。その結果どこの医療機関もぎりぎりの効率的な経営を迫られ、新しい事態に柔軟な対応が出来る余裕はない。

2.現在の新型コロナウイルス感染症対策
政府により新型コロナ感染症を2類感染症と位置づけられた後、疑似症を含めて届け出義務と陽性者の隔離が必要となった。対策の基本戦略を組んだのは当然厚労省の担当所管部門であろう。ウイルス感染症という特殊な分野なので、それを専門的に対応する機関も限定されるが、縦割り行政の故か対応する保健所や検体採取機関、搬送体制、分析機関などの実務体制は、もともとパンデミックなどを想定していない。
収容施設の体系化と整備も同様である。過去に経験のあるマーズやサーズ程度の感染を想定していた節がある。縦割りでかつ医系技官が幅を利かす今回の新型コロナウイルス感染症で、もともと限定的な体制で臨みかつそれで実行してきたが、それは初期の段階から破綻の兆候が見えていた。水際作戦から始まり、クラスター対策、重症者対策にしか手が回らないので、市中感染の蔓延をいくら指摘されても「医療崩壊」をだしにされて、その他の必要な体制の構築がなされなかったり、遅らされていた。
PCR検査も受けられず自宅で亡くなる人や軽症者と判断されて自宅で亡くなる人が出てきたが、これは「不作為の作為」ではないかと思える節がある。市中感染者の全数を把握する体制を取らず、中等症以上を病院に収容する施策にしていても、感染症指定病院はすぐにパニックとなり、一般病院まで対応をさせる事態となった。この間医療機関の体制はひっ迫し救急患者のたらい回しや、一般疾患の手術などの繰り延べなどで医療機関は対応したが、国民の不安感を拭い去ることはできず、深刻な受診控えと風評被害、医療者やその家族への差別などで、医療従事者は言いようのない虚しさを感じている。

3.現時点での医療機関の立ち直り策
現在の社会的に深刻な危機は、経済的にはリーマンショック以上の水準にある。これからの第2派第3波の感染症の蔓延が訪れると、世界恐慌はこれまで経験をしたことのない規模となるであろう。この事態は新型コロナウイルス感染症という医療や健康問題に由来しているが、背景はグローバルな展開となっている新自由主義と市場原理主義に基本的な原因がある。

毎年の恒例になった地球温暖化に伴う異常気象による自然災害の原因と同根である。自然災害は10年ほど前「経験したことのない、50年に一度の、100年に一度の」という形容詞がつく災害であったが、現在は毎年の経験になっている。コロナ問題を起点とする世界恐慌を抜け出すためには、まず医療体制の再構築からスタートしなければならない。医療体制でコロナの蔓延を抑止しない限り、労働力の確保や移動の自由も出来ないし、生産や経済活動も再建できない。経済再建対策は何よりも優先して実行すべきは医療体制の再構築である。

ご承知のように医療体制は一旦崩壊してしまうと元に戻すことが厳しい世界である。医療体制の再構築とは第2派第3波が襲来しても乗り切れる体制になることであり、新型コロナウイルス感染症が収束し、次に同様の類似感染症が襲来しても耐えきれる体制の構築を言う。これまでの市場原理に基づく医療費抑制政策を解消し、宇沢弘文先生の言う社会的共通資本としての医療体制にしなければ今後の事態に対応することはできない。宇沢先生は医療だけでなく農業や教育、環境なども社会的共通資本とすべきと言っている。医療での社会的共通資本の組み立ての基礎には医療者としての専門的かつ使命感を土台にした高い倫理性に支えられた「患者の立場に立った裁量権」が尊重されなければならないとした。
官僚が医療に介入し費用の細目まで決めてしまう現行の制度の基本を改善しなければならない。今回の新型コロナウイルス感染症対策の基本を組み立てたのは厚生労働省の官僚である。そしてそれを現実に合わせて患者国民の立場で修正しようとしているのは多くの臨床医と医療従事者と患者国民である。

医療機関の救済策は簡単である。昨年度支払った診療報酬のうち直接物件費の差額を除いた診療報酬を補償すれば済む。特別な財源がいるわけではない。国民は保険料や国庫支出という形で今も負担しており、新たな財源をねん出する必要はない。現在診療自粛や受診控えで費用が浮いているのは保険者や国庫である。
もともと保険とは国民の健康を守るために制度として存在している。医療が崩壊してしまえば何のための保険制度か問われる。医療機関に小出しに助成や支援金を交付しても、実際はどんどん医療機関は経営危機に見舞われている。緊急事態である、国の根幹を揺るがしている事態だからこそ前年度の診療報酬の補償が大きな歯止めとなる。幸い厚生労働省には前年度の診療報酬の医療機関別、診療科別、入院・外来別の詳細なレセプト集計が手元資料としてある。1年間の新設医療機関以外にはまず前年度補償をお願いしたい。そうすれば医療従事者の大量退職などの事態も回避できる。第2波第3波の新型コロナウイルス感染症が襲来することは専門家でなくても予測している。最低限医療崩壊をさせずに準備する必要がある。感染対策の新たな手立てはその上に成り立つ。喫緊の課題として取り組みをお願いしたい。

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