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Vol. 180 日本医師会の時代遅れの医療倫理観

医療ガバナンス学会 (2010年5月27日 07:00)


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健保連 大阪中央病院 顧問  平岡 諦
2010年5月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


平成22年5月1日発行の日本医師会雑誌に、「特別記事:医師の倫理・資質向上について‐各国に学ぶ」(139(2):361~385)が掲載された。その中の問題点をまとめると以下の2点となる。いずれも世界医師会の「professional autonomy and self-regulation」に関するマドリッド宣言を理解していない(あるいは、無視している)ところから生じているようである。

1.「倫理は基本として個人的、内省的、非強制的なことで、倫理・資質向上については医師各自の自覚が重要である」ことについては、「医師の職業倫理指針」平成20年改訂版の序文でも述べられていることである。今回の記事ではさらに「医師相互の協力、peer reviewを通じての医師団体の自律的規制も重要である」という認識が追加されたことは一歩前進である。しかしながら、「医師団体の自律的規制」は、医師会への強制加入とは別問題であるにも関わらず、「強制加入医師会の問題」にすり替えられている点が問題である。

2.「ここで気が付くことは、わが国のように28万余の多数の医師を省庁の一部局が管理しているような国はまず見当たらないということである」と述べられているが、わが国以外は世界医師会の推奨を受けてprofessional autonomy and self-regulationのシステムを作っているからであり、日本だけが「自律」から取り残されているに過ぎない。世界医師会の推奨を受け入れていない姿勢はこれまでの日本医師会の姿勢のままであり、この点が最も問題である。

「To Err is Human: Building a Safer Health System」とはアメリカNational Academy of Sciencesが1999年に出した報告書(2000年に発刊)のタイトルであり、医療安全の考え方を変えるキッカケとなったことで有名である。「人は過失を犯すもの。だから過失を起こさないようなシステムを作ろう。」と言っているのである。「個人の努力に任せる」だけでなく、「システムで補完しよう」ということである。

医療ミスとは「患者に害をあたえる」ことに通じる。「First do no harm(まず、患者に害を与えない)」はヒポクラテス以来の医療倫理の”いの一番”である。したがって医療倫理においても「個人の努力だけでなく、システムで補完」しようという考えがあっても可笑しくない。それが世界医師会のマドリッド宣言である。時間的な関係から言うと、先にマドリッド宣言があり、その考え方を医療安全に当てはめたのが先の報告書である。医療倫理においては人と人の間のシステムであるが、医療安全においては人とモノ(医療機器など)の間のシステムである点が異なっているが、考え方は同じである。

戦後の医療倫理観をリードしてきたのは世界医師会である。日本医師会も昭和26年に入会している。世界医師会の医療倫理観はナチス政権下のホロコースト(組織的な大量虐殺)において多数の医師が人権侵害を犯した反省からきている。まず「患者の人権擁護」を医療倫理の”いの一番”に置いた。そして「個人の努力」に任せておくだけでは人権侵害を犯してしまった反省から、「個人の努力だけでなく、システムで補完」しようという考えのもと、「professional autonomy and self-regulation」のシステム作りを各国の医師会(医師集団)に推奨した、それがマドリッド宣言である。

患者の人権侵害は医師から生じる場合と医師以外(たとえばナチスのように「時の権力」)から生じる場合とがある。

(1)医師から患者への人権侵害に対して、「個人の努力だけでなく、システムで補完」するためには、医師集団内部に「医師間相互評価(peer review)」のシステムを作ることである。これがself-regulation(自浄機能)の意味である。

(2)医師以外から患者への人権侵害に対して、「個人の努力だけでなく、システムで補完」するためには、医師集団として対応することになる。医師集団がたとえば「時の権力」に依存していれば「時の権力」に対応できない。対応できるためには医師集団が人権侵害を起こしているものから自律している必要がある。何ものからも自律(autonomy)していることを宣言(profess)することが必要である。これがprofessional autonomy(適当な和訳はない)の意味である。

Autonomyとself-regulationとはコインの裏表のようなものである。概念として分けることはできない。しかし現実のシステムにすると上述のように分かれることになる。Self-regulationとautonomyのシステムは一対のシステムであり、どちらか片方だけを実行するということは成立し得ない。

「特別記事」の問題点にもどろう。

第一の点:医師間相互評価(peer review)のシステムを医師会の内部に作ることと強制加入医師会の問題は別である。現にアメリカやイギリスの医師会は自由加入の医師会であるが、世界医師会の推奨に合わせてself-regulationのシステム(もちろんautonomyのシステムも)を持っているのである。日本医師会が世界医師会の推奨の意味を理解していない(あるいは無視している)だけである。

第二の点:日本医師会が世界医師会の推奨に合わせた改革を怠っているために、autonomyのシステムができていないのであって、その結果が「省庁の一部局が管理」した状態、すなわち「自律」していないまま現在に至っているのである。世界の変化から取り残されているだけである。

このような時代遅れの医療倫理観を持つ日本医師会がどのような弊害をもたらしているだろうか。自浄機能を持たない日本医師会は、倫理違反を犯した医師(すなわち医師から患者への人権侵害)に対応できずに、医療不信を起こしているのである。また、「時の権力」から自律していない日本医師会は、「低」医療費政策による医療従事者の過労死の増加、さらに「医療崩壊」という患者の人権侵害(すなわち患者が必要な医療を受けられない、あるいはたらい回しで手遅れになるということ)に、対応できていないのである。

「個人の努力に任せる」だけの医療倫理観では、いくら「各国に学ぶ」努力をしても限界がある。その限界を「システムで補完」するために「professional autonomy and self-regulation」のシステム作りを、世界医師会が各国の医師会に推奨しているのである。時代遅れの医療倫理観を捨て、一刻も早く、世界医師会の推奨に合わせてprofessional autonomy and self-regulationのシステムを持つ、新しい日本の医師会を作ることが必要である。

(2010.5.21.脱稿)

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