医療ガバナンス学会 (2020年8月17日 06:00)
この原稿はAERA dot.(2020年7月1日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2020062900013.html
山本佳奈
2020年8月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
彼女によると、子宮頸がん検診は毎年受けていたが、新型コロナウイルスの流行もあって、結果を聞きに行くために病院を受診することがなかなかできなかった。ようやく検診結果を聞きに行った矢先、担当の医師から「子宮頸がんの一歩手前です。手術が必要です。」と言われたといいます。
子宮頸がんは子宮頸部に発生するがんであり、女性特有のがんの中では、乳がんに続いて世界で2番目に多い疾患です。20代後半から40代前後の女性が発病しやすく、マザーキラーとも言われています。
子宮頸がんの原因は、高リスク型のヒトパピローマウイルス(HPV)です。HPVには100種類以上の型があり、がんの原因になる高リスク型は少なくとも13種類あると言われています。このうち、HPV16型と18型の2種類が、子宮頸がんの原因の7割を占めています。実は近年、子宮頸がんだけでなく、肛門がんや中咽頭がんなどもHPV感染が関連していることが明らかになっています。
HPVは主に性交渉によって感染しますが、ほとんどは免疫力により排除されます。しかしながら、子宮頸部を覆っている上皮が高リスク型のHPVに数年から十数年もの間、持続的に感染してしまうと、子宮頸部の病変は、軽度異形成、中等度異形成、高度異形成・上皮内がん、微小浸潤扁平上皮がん、浸潤がんと段階的に前癌病変を経てがんになってしまうのです。
冒頭でご紹介した彼女は、高度異形成・上皮内がんであったため、「子宮頸がんの一歩手前です」と言われました。しかしながら、子宮頸部異形成は自覚症状を示さないことが多く、子宮頸がん検診を受けなければ見つからないと言っても過言ではありません。彼女の場合、子宮頸がん検診を受けていたので、子宮頸がんの一歩手前で発見することができたのでした。
定期的な検診を受けることで子宮頸がんの早期発見につながりますが、HPVの感染予防に効果的なのが、HPVワクチンです。すでにHPVワクチンの有効性と安全性について、多くの研究が発表され、HPVワクチンが子宮頸がんの前がん病変である高度異形成を抑制するという医学的コンセンサスは確立され、世界では高リスク型である9つの型のHPV感染を抑える9価のHPVワクチンが標準となっています。また、肛門がんや中咽頭がんなどHPVに関連したがんを予防するために、米国や英国、カナダ、ブラジルなどでは、女子だけでなく男子への接種をすでに推奨しています。
一方、日本はというと、2013年4月から2価と4価のHPV ワクチンの定期接種が開始されたものの、2カ月後の6月には副反応の懸念から積極的勧奨は中止。2020年6月現在も、HPV ワクチンの積極的勧奨中止の状況は変わっていません。この間、日本のメディアがHPVワクチンの危険性を強調する報道に偏っていたことや、産婦人科医であっても自分の娘にはHPVワクチンを勧めていなかったことなどが、論文で報告されています。
北海道大学大学院のシャロン氏らの研究グループは,日本でHPVワクチンの「積極的勧奨の中止」を行わなかった場合、子宮頸がんへの罹患を防ぐことができたと予想できる患者数と「積極的勧奨の中止」により失われた命についての具体的な数字を報告しました。報告によると、2013年から2019年の間の「積極的勧奨の中止」によって接種率が1%未満となっており、接種率が約70%に維持された場合と比較すると1994年から2007年の間に生まれた女性では一生涯のうちに24,600~27,300人がさらに罹患し、5,000~5,700人がさらに死亡すると推定され、積極的勧奨が再開されず1%未満の接種率が続くと、現在12歳の女性だけに限っても一生涯のうちに3,400人~3,800人が子宮頸がんとなり、700人~800人が死亡すると推定されると言います。
一方、シャロン氏らは、直ちにHPVワクチンの積極的勧奨が開始され9価のHPVワクチンが承認され、12歳から20歳の女性の接種率を2020年中に50%~70%に回復できた場合、子宮頸がんでさらに死亡する数の80%の命を救うことができると推定されることも報告しています。
9価のワクチンは、2015年の承認申請から5年の歳月を経た今年の5月20日、ようやく日本でも承認が了承されました。2020年6月現在も、HPV ワクチンの積極的勧奨中止のままではありますが、9価のワクチンの承認は大きな一歩と言えそうです。
HPVワクチンの接種と定期的な子宮頸がん検診が、子宮頸がんを予防する上でとても大切です。一人の女性として、接種率と検診率の向上を切に願っています。