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Vol.177 「笑える。」女性医師が痛感した日本医療の絶望的な男女格差

医療ガバナンス学会 (2020年9月2日 06:00)


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この原稿は幻冬舎ゴールドオンライン(8月31日配信)からの転載です。
https://gentosha-go.com/articles/-/28656

医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿 院長
濱木珠恵

2020年9月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●コロナで明らかになった「日本のダイバーシティの溝」
令和2年2月14日付で、新型コロナウイルス感染症対策本部が、専門家会議の開催を決めた。座長を含め11人が選出されているが、必要に応じて、座長は、その他関係者の出席を求めることができるとされている。

専門家会議は、2020年7月3日に廃止され、新型インフルエンザ等対策有識者会議の下部組織として『新型コロナウイルス感染症対策分科会』が設置されるとともに、厚生労働省のアドバイザリーボードも再開されている。その顔触れをみていて、気になったことがある。

圧倒的に女性の比率が少ないのである。

まず、2月に設置されていた専門家会議をみてみよう。12人のメンバーは、男性10名、女性2名である。男性9名のうち1名は獣医師免許を持つウイルス研究の第一人者で、残り8名は臨床医か研究者かの違いはあるが医師免許をもつ。

一方、女性2名は弁護士と研究者であり、医師免許は持たない。男性陣の名前は、過去の新型インフルエンザをはじめとする感染症対策の場面でよく見かけた名前が並んでいる。急を要する事態であり、過去の実績があって声をかけやすいメンバーを集めたのだろう、くらいに思っていた。

だが、『新型コロナウイルス感染症対策分科会』は、基礎研究者ら4人が外れ、座長の脇田氏や尾身氏、公衆衛生やリスクコミュニケーションの専門家8人が移行した。男性6人、女性2人だ。そして新たに感染症指定医療機関の医師のほか、医療法人や保健所からの代表が入り、全国知事会の新型コロナ対策本部長や、新聞社の常務取締役も構成員となった。

笑える。7月3日現在、構成員14名、臨時構成員4名である。これら18名のうち、男性13名、女性5名。専門家会議のときよりは比率は落ち着いたが、医師免許を持つ者に限定すると興味深い。18名のうち医師免許を持つのは10名だが、内訳は男性8名、女性2名だ。しかも女性の1人は全国保健所長会副会長だが、もう一人は新聞社の常務取締役である。彼女は1985年、医学部卒業後6年で新聞社に入社しており、医師としての立ち位置は求められていないだろう。男性医師8名に女性医師1名である。

ちなみに上部組織である、新型インフルエンザ等対策有識者会議のメンバーを見てみると、36人中、男性は30人、女性は6人だ。そのうち男性医師は14人だが、女性医師は前述の新聞社取締役の1人だけだ。ちなみにほかの5人の女性の内訳は、患者情報センター代表、弁護士2人、大学教授2人である。医師以外の男性16人の内訳は、大学関係者が5人、他は経済団体や自治体関係者などだ。

●「男性社会」の名残を顕著に残す日本の医療業界
医師以外でも男女差はあるが、医師に限定してみたときの圧倒的な男女差は、医療界のダイバーシティのなさを物語っていると思う。審議会や有識者会議に男性ばかりを集めることに私は賛同しない。経験豊かな長老の存在は必要ではあるが、次世代を育て経験を共有していくためにも、若手と女性のメンバーを増やすべきである。そのことが社会全体への働きかけのきっかけともなるはずだ。

医療界のダイバーシティ問題には辟易している。特に徒弟制度の色の濃かった医師という職種にはその傾向が強く、男性社会の名残が顕著に残っている。2018年春の大学入学者選抜試験において、東京医科大学をはじめとする複数の大学で、女子受験生を減点するなど不公正な操作が行われていたことは記憶に新しい。将来的に女子の離職が多いからなどという言説も流れ、時代錯誤も甚だしいと呆れかえった。

実は、医療全体のシステムとしてみても医師が男性社会であることの影響は強い。

新型コロナ専門家会議の中心にいる男性メンバーが、個別にどういう思想をお持ちなのか知らないが、大学や研究機関で重要な役職を得てきた60代、70代の医師は、まぁエリートだったであろう。大半の方は男性優位の社会にどっぷり浸かった働き方をしてきたはずだ。

そういうエリートはだいたい安全なこと、別の言い方をすると前例を踏襲した無難なことしかしないので、従来の考え方を変えなければならないときに、むしろ膠着状態を作り出すと懸念している。専門家会議の男女数の差にもそれが現れている。

●コロナ制圧に比較的成功している国の、「ある共通点」
医療や保健衛生の分野の男女格差について、WHOからも興味深い報告が出ている。この報告によると、医療や保健衛生の業務に携わる労働力の70%が女性であるのに、管理職についている女性は半数以下であり、性差は人種や階級の差と同様に労働者の不利益の原因となっている。

また、国際保健はほとんど男性主導であり、国際保健機関の長の69%は男性、委員会の議長の80%も男性だと指摘している。この報告では、社会全体の保健衛生を向上させていくには、もっと女性を登用しリーダシップをとらせることが必要だとしている。社会を構成している半数は女性であり、社会に働きかけるためには、もっと女性が活躍できたほうが有効だということだ。

こんな視点で世界をみてみると、新型コロナウイルスの制圧に比較的成功している国は、台湾の蔡英文総統、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相、ドイツのアンゲラ・メルケル首相など、女性リーダーが多い。女性が優秀などという短絡的なことをいうつもりはない。しかし、従来型の男性リーダーではなく女性を政治のトップに選ぶことができる国民性は、近年では経験したことのないパンデミックに対しても国家として柔軟に対応していけるリベラルな社会を作っているのかもしれない。

たとえば、蔡英文総統がいる台湾だ。台湾政府が打ち出したマスク対策は、台湾が柔軟に政策を動かしていることの一例だろう。マスクを政府が買い上げ、身分を照合して市民に実名申告制で販売し、マスクの在庫公開システムも迅速に導入した。デジタル担当大臣の唐鳳(オードリー・タン)氏はその象徴的存在だったが、彼女はトランスジェンダーであり、若干35歳で蔡英文政権の行政院に入閣している。彼女の高い能力があってのことだが、日本に置き換えて考えたとき、実力のある若手が同じように重用されることなど、まったく想像できない。

また、台湾の新型コロナウイルス政府対策本部は、毎日、定例の記者会見を時間無制限で行っている。4月13日の記者会見では、中央疫病流行指揮センターの指揮官(対策本部長)・陳時中氏をはじめとする男性幹部5人全員がピンク色のマスクを着用していた。「ピンク色のマスクだと、からかわれるから付けたくない」という小学生の男の子に対し「命を守るのに色は関係ない。ピンクはいい色だ」と伝えるためだ。多くの企業や個人がSNSのプロフィール画像をピンク色にするなどの社会現象にもなった。こうした一体感も台湾が新型コロナウイルスを制圧できている要因だろう。

ニュージーランドのアーダーン首相は、ロックダウンの期間中に自宅から国民に対して動画メッセージを送り続けていたことでも有名だが、ニュージーランドの対策本部の状況も日本とは対象的だ。

専門家グループの名簿を探して、保健省のサイトを閲覧した。幹部役員(Executive Leadership Team)の項には、男性5人、女性9人の名前があがっている。所長のBloomfieldは男性であるが、副所長をはじめとした幹部の過半数が女性だったことに少し驚いた。

さらに、COVID-19諮問委員会(COVID-19 Technical Advisory Group)は、14人中6人が女性だった。それぞれが感染症や公衆衛生、微生物学などの専門家である。

首相が女性だからこうなったのではない。このような組織づくりをする国だから、アーダーン首相のような女性首相が出てくるのであり、伝統的に男性リーダーを選んできた国々とは異なった対応ができているように思う。

イギリスは第一波で多くの感染者と死者を出したが、第一波対応の反省から、Public Health Englandを解体し、新たにNational Institute for Health Protectionを設置、初代所長にダイド・ハーディング氏という女性が就任することになった。

今でこそ首相は男性が続いているが、そもそもマーガレット・サッチャーが10年以上も女性首相を務めあげた国だ。先の首席医務官もサリー・デイビスという女性であった。今後のイギリスの新型コロナウイルス対策がどう変わっていくか見物だ。

●ジェンダー・ギャップ指数「153ヵ国中121位」の日本
これに比べて日本はどうだろう。日本では、男性に比べて女性の社会的地位が全体的に低い。世界経済フォーラムは、各国の男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(GGGI)を出しているが、2019年の日本の順位は153ヵ国中121位と非常に低い数字であり、過去十数年の推移のなかでも最低ランクだ。

日本では「男女雇用機会均等法」や「男女共同参画社会基本法」などがあるが、それらを作ってもなお、潜在的に女性の社会的地位は低くみられている。今回の新型コロナの有識者の選び方も、女性を低く見ているということの反映ではないか。社会が古い考え方に囚われているようにも思える。

有識者会議に女性が少ないことについて、女性医師の総数が少ないからという言い訳をさせてはならない。女性医師数は1990年代から少しずつ増えている。

厚生労働省が2年ごとに公表している「医師・歯科医師・薬剤師統計」(2018年版)によると、男性25万5452人、女性7万1758人だ。

女性は全体の2割強だが、若い世代ほど割合は高くなる。医療施設(病院、診療所)に従事する医師のうち、女性の割合は「29歳以下」で35.9%、「30~39歳」で31.2%、「40~49歳」で26.3%、「50~59歳」で16.6%だ。一方、60歳以上の女性医師の割合は10%だ。この30年で明らかに時代は変わっている。昭和世代の男性社会の思考のまま、審議会のメンバーを決めるようでは会議の存在意義がない。次世代の医師達のためにも、また、社会のためにも、女性を参画させる必要がある。

●隠れている人に光をあてるため「クオータ制」の導入を
政府の審議会や専門家会議に「クオータ制」を導入すべきだと私は考える。クオータ制は、議会における政治家や企業の経営者に、男女の比率に偏りが生じないように一定の割合を義務付けるもので、格差を是正するための仕組みだ。すでに100ヵ国近い国で、国会議員や地方議会議員へのクオータ制が実施されている。

日本では、2010年12月に決定された「第3次男女共同参画基本計画」で、クオータ制の推進をうたっており、女性の国家公務員や国の審議会等の女性委員など政府が直接取り組むことができる分野については、具体的な数値目標を設定して取組を進めるとしている。

そのなかで、国の審議会等委員に占める女性の割合の目標は2020年までに40%以上60%以下、国の審議会等専門委員等に占める女性の割合の目標は2020年に30%とされている。この数字を見ながら、新型コロナ専門家会議のリストを見ると非常に感慨深い。数値目標など、まったく、箸にも棒にもかからない人数だ。なぜこの人選になっているのか、理解不能である。

クオータ制に対しては、「平等原理に反する」とか「逆差別」などの意見が出ることもあるらしい。だがクオータ制は「能力のない人に枠を与える」のではなく、「能力があるのに隠れている人に光をあてる」ものである。医療分野は、看護師を含め女性労働者が多いが、今まで医療制度を動かしてきたのは男性医師を中心とした「男性社会」であった。あえてクオータ制を導入することによってバランスを変え、従来の制度とは変えていったらよい。

新型コロナウイルス対策は、医療のみならず、今後の社会活動、経済活動をも大きく左右する。国民の生活全体を守るための対策を考えるチームであるならば、なおのこと、審議会や有識者会議にもクオータ制を導入し、若い世代、女性専門家など、従来とは違う顔ぶれを追加すべきである。

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