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Vol.182 手術を受けていない乳がん患者さんにおけるリンパ浮腫~患者さんとのやりとりを通して~

医療ガバナンス学会 (2020年9月9日 06:00)


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公益財団法人ときわ会常磐病院
作業療法士 小林奈緒美

2020年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、福島県いわき市の中核病院であるときわ会常磐病院に勤務する臨床経験11年目の作業療法士だ。前回の記事で紹介した通り( http://medg.jp/mt/?p=9643 )、乳がん患者のリハビリテーション、特にリンパ浮腫に興味を持って取り組んでいる。
一般に、乳がん患者において、上肢のリンパ浮腫は、リンパ節郭清を伴う手術や放射線治療などでリンパ液の流れが滞ることで浮腫が生じる。リンパ浮腫は命に直接関わることがなく、軽視されやすいが、一度発症すると根治が難しいため、患者さん本人がリンパ浮腫についての知識を持つこと、また、医療者ともコミュニケーションをとりながら、予防や早期発見に務めることが重要と言える。

最近リンパ浮腫のリハビリに関わる立場の者としては嬉しいニュースがあった。それは、2020 年4月の診療報酬制度の変更により、乳がんの手術において、腋窩リンパ節郭清を省略されてセンチネルリンパ節生検のみに留まった患者さんであっても、入院中に理学療法士や作業療法士が、患者教育やリハビリテーションに関わることができるようになったのだ。
近年、腋窩リンパ節郭清の手術は減少傾向であり、それに伴って、重度の上肢のリンパ浮腫も減少している。しかし、センチネルリンパ節生検のみでも、放射線治療や化学療法の影響などでリンパ浮腫を発症することがあるため、この変化は患者さんにとって朗報である。

しかし、実は、このような変化に取り残されている患者さんたちがいる。それは、化学療法のみを長期にわたって実施する過程でリンパ浮腫を発症したような患者さんである。現在の診療報酬制度においてはこのような患者さんにリハビリを行うことができず、手術を実施した患者さんが受けられるスリーブ購入に対しての補助を受けることもできない。
試しに、このような患者さんに着目して実施された過去数年間の過去研究をPubmedで検索したがそのような調査は存在しなかった。しかし、化学療法の期間が長引くほどリンパ浮腫の頻度が上昇するという調査結果が存在すること、また、HER2陽性乳がん患者のようにStage Ⅳで指摘されても化学療法により長期にわたり病気のコントロールが可能な患者さんが増えていることから、化学療法中にリンパ浮腫を発症する患者さんは今後ますます増えていく可能性がある。実は、今回、当院においてもまさにこのような患者さんがいることを乳腺外科の尾崎医師から耳にして、ある2人の患者さんに話を聞く機会を得たので紹介したい。

今回インタビューしたAさんは化学療法を実施して開始し1年が経過した頃に病気がある側の浮腫を自覚したが、リンパ浮腫という副作用の存在やその症状とについてそもそも知らなかったという。また、浮腫の程度は日によって異なり、酷いときには箸などの巧緻動作が難しくなるが、家事や仕事において大きな支障は出ていなかった。加えて、化学療法による治療もしていたため、「こんなものか。」と思うようにしていたと言う。
発症後すぐ化学療法室の看護師に相談した。看護師からリンパドレナージについて教えてもらい見様見真似で行ったが浮腫は改善しなかった。スリーブについても教えてもらったが、Aさんは乳がんの手術を行っておらず、補助金を受ける対象とはならなかった。スリーブの多くは高額であり、消耗品のため買い替えも必要となるので、結果的にAさんは購入を諦めた。また、Aさんはリンパ浮腫を発症した患者さんと話す機会もなく、情報を得る場もないため「こんなものなのかと思うしかない。と繰り返し話していた。「自分は日常生活や仕事に大きな支障がないためまだ良い方なんだと思うことにしている。」とも話してくれた。

Bさんは、化学療法を開始し2ヶ月が経過した頃に浮腫を自覚した。浮腫を自覚した当初はリンパ浮腫についてはよく知らなかった。浮腫を自覚したその頃にちょうど復職。腕が凝るような感覚やつっぱり感も自覚するようになり、徐々に見た目も気になるようになってきたという。仕事や日常生活では不便を感じていることはないと話していたが、徐々に話をしていくと、本来は職場の更衣室で制服に着替える必要があるが、着替えに時間がかかるため制服を自宅から着ていくと話してくださった。自身では少し見た目は気になるとのことだが、家族が心配していると話していた。
リンパ浮腫についてはインターネットから情報収集を行い、治療のために通院した際に、化学療法室の看護師からドレナージや保湿の方法などを教えてもらった。Bさんもまた、乳がんの手術は行っておらず、スリーブを購入する際の補助金の対象とはならなかった。私がインタビューした際にドレナージやスキンケアなどの方法について詳しく説明し、スリーブについても情報提供をした。まずは、ドレナージやスキンケアをしっかり行っていきたいと話し、スリーブの購入には至らなかった。

今回、外来治療でリンパ浮腫を発症した2名の患者さんに話を聞くことができた。お二人とも、リンパ浮腫という症状を知らずに周囲や医療者に悩みや治療について相談できなかったこと、他の患者さんと悩みを話し合うことができなかったこと、現在の診療報酬では治療できる医療機関が限られていることを強調していた。そのほかに彼女らが話していたこととして、見た目が気になると言うことだった。実際、腕を隠すためにゆるめの服を着用するなど、自分が着たい服を諦めているようなこともある。それにも関わらず、二人とも、スリーブの購入については、補助の対象外となってしまい諦めざるを得なかった。
現時点では、作業療法士としてAさん、Bさんのような患者さんと継続的に関わる機会を持つことは難しいが、医師、看護師と相談しながらリンパ浮腫の患者さんに対応できる医療体制を構築できればと考える。また、2020年4月の診療報酬改定前に乳がんの手術を行った患者さんのうち、腋窩の手術がセンチネルリンパ節生検にとどまったような場合においても、私たちからの介入が不十分であるがために、リンパ浮腫に対する知識な認知が不十分な状態にある方が多くいる可能性があると思われる。彼女らがリンパ浮腫でできるだけ苦しむことがないように私にできることを取り組んでいきたい。

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