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Vol. 186 平らな国デンマーク/子育ての現場から

医療ガバナンス学会 (2010年5月31日 07:00)


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『平らな国デンマーク/子育ての現場から』第89回
-「初めての小児科体験」

高田ケラー有子 :造形作家 デンマーク北シェーランド在住

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media JMM
(http://ryumurakami.jmm.co.jp/) からの転載です。
2010年5月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「やっと長い冬が終わったね」「この冬はほんとに長かったね~」というのが、ここのところ、久しぶりに出会った人との間で必ず交わされる挨拶です。5月に入ってからも、朝の気温が5度、などと言う日もたびたびあり、寒い春が知らないうちに終わってしまい、5月も終盤になってようやく暖かさを感じることができるようになりました。

12月から2月までの期間を、「冬」として気象情報などが報じられていますが、2009~2010の冬は、1874年の観測開始以来13番目の寒い冬で、平均気温がマイナス1.5度(平年値はプラス0.5度)。過去14年間の中で最も寒い冬となりました。特に、2006~2007の冬は、平均気温が4.7度という、観測史上最も暖かい冬だったことも記憶に新しく、そのまま暖冬が続いていたことからも、寒くて長い冬だった、と言う印象が強く残っています。日照時間はこの3ヶ月で160時間。平年値の155時間より多いとは言うものの、日照時間が基本的に少ないことは確かで、また寒かったことで、子どもたちの外遊びの時間も少なかったようです。

そんな寒い冬のあと、ビタミンD不足から、子どもたちの身体へも影響が出ることがあるそうで、息子のクラスメートも、病院でおそらくそれが原因であろうと診断された腹痛で1週間学校を休んでおりました。

そんな折、息子も同じように腹痛を訴えたのですが、息子の場合は、結局原因が特定できないまま、最終的に胃酸過多ではないか、ということで薬を処方してもらいましたが、これが発病から5日目のことでした。

月曜日の朝から、その腹痛は始まったのですが、最近ようやく朝8時から9時までの間のみ、子どもであれば予約無しでホームドクターに診てもらえるようになったので、電話予約を入れずに直接ホームドクターセンターに行きました。息子の年齢は12歳。15歳までが子どもの範囲になります。

ホームドクター(かかりつけ医)とはいうものの、私の暮らしている町にはホームドクターの資格を持つ医師が数名登録しているホームドクターセンターが数カ所あり、個人で開業しているホームドクターもありますが、町の中心にはなく、子どもを持つ多くの家庭では、こうしたホームドクターセンターをかかりつけ医として指定しています。この日の朝の診察は50代の男性医師。触診と問診、尿検査をして特に問題は無い、ということで、痛みが続くようであればまた来なさい、と言われて帰宅。薬の処方もなく、特に何かを注意される訳でもなく、2~3日休みなさい、というだけでした。

火曜日の朝になっても、いっこうに痛みは治まらず、それどころかひどくなって来ている、と言うので、再度ホームドクターセンターに行くのですが、この日の担当の40代の女性医師は、今度は指先に針で穴をあけて採血する血液検査をしてくれましたが、これも異常なし。どう言うことが考えられるか、医師にも聞きましたが、「血液検査の結果は問題ないのでわからない」というだけで、「様子を見ましょう。痛くなったらまた来なさい」と言われてまたそのまま、帰されてしまいます。

「病院には送ってくれないの?」と聞いても、「尿検査でも血液検査でも異常がないので、送ることはできない」と言われておしまいです。どんなに息子が痛がっていても、親が訴えても無駄なことでした。

そして水曜日、3度目の正直で、またまた朝の診察時間に押し掛け、毎日来ていることもコンピュータを見れば分かるので、その日の医師(別の50代の男性医師)は、病院の救急窓口へ行くように指示をくれ、病院にも連絡を入れてくれてました。3日間毎日通ってやっとのことでした。

救急の窓口に着いて、最初は救急の医師2名が交代で来て、盲腸の可能性がないか、触診と問診でチェックをし、その後、息子は12歳5ヶ月にして、初めて小児科病棟へ足を踏み入れました。小児科の医師に診てもらうのも、生まれて初めての経験です。

小児科病棟への移動は、救急処置室で使っていたベッドに寝かされたまま運んでくれるのですが、小児科病棟に入ると、そこはパラダイス、とまでは言いませんが、楽しそうなものがいっぱいで、病気の子どもたちが退屈しない遊びの空間がしっかり用意されていました。

診察室があるわけではなく、ベッドに寝かされたまま、病室(二人部屋)に運ばれ、まず看護師から、小児病棟の説明を受けました。

お腹が空いたら、食堂に行けばちょっとしたパンや果物もあるし、各種の飲み物もあります。付き添い者用にコーヒーや紅茶もあり、自由に飲むことができます。コンピュータルームもあれば、Wiiまであり、病室にはDVDが見れるテレビもあるので、小さな図書室のようなところから、好きなDVDを借りて来て、部屋で楽しむことができます。その他にもプレイルームもあって、おもちゃが置かれています。

病室にはソファーと小さなテーブルと椅子のセットもあり、親も寛ぎながらいっしょにDVDを見ることができるし、病室にはトイレとシャワーも付いています。親もいっしょに寝泊まりできるようにもなっています。

息子は、救急エリアの殺風景な病室から移動して来たこともあって、「ここならしばらくいてもいいよ」などと調子のいいことを言っていたのですが、診察が終わるまで絶食を告げられ、水分のみ取っていいということで、水を飲みながら部屋でDVDをみて、医師が来るのを待っていました。

移動してから2時間後、ようやく小児科医の最初の診察が始まり、このまましばらく様子を見て、それで入院するか、帰宅するか考えましょう、ということになりました。診察前に尿検査と検温はしていますが、特にホームドクターがしてくれていたことと変わりなく、触診の結果、とりあえず盲腸ではないと判断されました。「じゃあ、他にどう言う可能性があるのか?」と聞くと、「可能性は100以上あるし、子どもの腹痛の内50%以上が原因がわからない」と言われ、さらに「原因がわからないので、薬も処方できない」とも言われました。

この時点で、緊急性はないと、この医師が判断していることもわかったのですが、原因がわからない、というのは親にとっては痛みが治まった訳ではないので、まだ心配は残っていますし、他に何か検査などの必要はないのか、原因を調べないのだろうか?という疑問はあったのですが、緊急性がない限り、不必要な検査は極力しないのだな、ということを感じました。安心するための検査は基本的にしない。限りなく疑わしいと判断されない限り、公立の病院では検査も投薬もしないことがよくわかりました。

この間、ホームドクターや他の専門医でも今までになかったこととして、痛みの度合いを1~10の数字に置き換えて本人に自己申告させるのが、とても興味深かったです。

小児科病棟の看護師は、ポケットに必ず、この痛みの度合いチェックシートを持っています。シートには0のニコニコ顔から徐々に表情が曇って、10では大泣きしている子どもの顔が段階に分けて可愛いイラストで描かれています。小さな子どもでも、指差すことで自分の痛みの度合いを伝えることができるようにしています。息子は、「時々6で時々8」と、痛みに波があると答えていましたが、この自己申告の数字も緊急性の有無の判断素材にしているように思いました。

日本の公立病院の小児科病棟を全く知らないので、比べることはできませんが、この公立病院の小児科病棟を見る限り、施設としては大変恵まれた環境で、子どもたちが安心して治療に臨める体制を作っていることが少なくとも伺えました。

また、医師と看護師だけでなく、保育師、医療秘書、カウンセラー、ソーシャルワーカー、理学療法士、栄養士、サービスアシスタントなどが常駐しており、子どもたちの心と身体のケアーをしているようでした。ちょうど、息子が病室に運ばれた時も、退院の準備中だった同室の男の子が、母親といっしょに、ソファに座ってお茶を飲みながら、医療秘書と話をしている所でした。

私たちが入って来たので、お話中に申し訳ないな、と思っていましたが、特にこちらに気を使う気配もなく、彼らは彼らのペースで話しておられたので、筒抜けではありましたが、退院後の注意などされていたようでした。

小児病棟の病室は、入院している間は、彼らの家にあたり、そこで何もかもが行われる、そんな感じがしました。もちろん二人部屋なので、他の患者がいれば、家と言う訳にはいきませんが、トイレもシャワーも病室内についているし、生活する場としての機能を少しでも持たせている、という感じがしました。もちろん、カーテンやロッカーも明るい色調で、子供部屋のように仕立てています。

結局、息子は、1回目の診察から4時間後にもう一度診察を受け、痛みが増長していないことから、自宅に帰るように言われ、24時間以内に痛みが増長した場合のみ、この小児病棟へもう一度来てもいい、ということで、自宅に戻りました。2度目の診察が終わったのが、夕方4時半を過ぎており、朝から何も食べていなかった息子は、お腹が空いてたまらなかったようですが、食後に腹痛がひどくなることもあったので、その日は流動食ですませ、様子をみる形になりました。

そして24時間、痛みが増長することなく、でも減少することもなかったのですが、増長しなかったので、お約束どおり小児病棟へ戻ることなく、初めての小児科体験を終わりました。ところが、その後、金曜日になって、またしても痛みが増長し、一応小児病棟へ電話は入れてみたのですが、24時間以上経過したので、自分のホームドクターに行きなさい、と言われてしまいました。

双六で言えば、振り出しに戻る、という感じです。

なんとも、融通が利かないのですが、とにかく、まずはホームドクター。これがこの国の医療の原則です。結果として、経費の節減になっている部分も多くはあるのでしょうが、最初に3日間通っただけでも、その経費は国としてはかかっているので、最初から病院に送ってくれる方がいいのでは、と思うこともありますし、息子のケースは大事には至らなかったので結果オーライなのですが、あまりにも様子を見過ぎではないか、と思う節もありました。安心するための検査はしない、ということもよくわかりましたが、いろいろなケースを想定する、という治療体制は取っていない、ということもよくわかりました。

骨折のときもそうでしたが、必要に応じて、私立の病院を利用するしか、安心することはできない、というのが現実でもあると思いました。今までの経験からもホームドクターに行ったところで、特に何かをしてくれる訳でもないことがほとんどで、カウンセリングに近いものがあると思っているので、たいした病気ではなくても無料だから利用しよう、などと言う気はさらさらなく、むしろ、ほんとうに痛がっている時しかホームドクターにも連れて行かないのですが、それでも何日も通わないことには、病院に送ってもらうこともできない、というのは、かなり疲れるものがありました。もちろん尿検査などで異常があれば、話は別だったのでしょうが。

結局、金曜日は、病院の小児科病棟にはいけないので、仕方なくホームドクターセンターの朝の診察時間にもう一度受診し、ようやく私が唯一信頼している50代の女性医師にうまくあたり(この女性医師の予約を取ろうと思うと、2ヶ月先までとれません)、もう一度簡易血液検査をして、結果は異常なしですが、触診と問診の結果、胃酸過多の可能性が高い、ということで、5日目にして初めてまともな見解を聞け、薬も処方してもらって、週末には回復に向かい、一件落着しました。

最初からこの女性医師に診てもらいたい、という気持ちがいつもありますが、予約は取れないし、子どもの病気は待ってくれないので、センターの他の医師に診てもらうことがほとんどです。発病から5日目にしてたまたま朝の当番だった彼女にあたって、助かりましたが、私たちが費やした時間も他のドクターにかかった経費も結局全て無駄に終わった訳で、振り分けるホームドクターの力量次第で、患者側にとっても国の医療体勢としても、無駄が多く発生する見本になってしまいました。

無料であることはほんとうにありがたいことですが、電話での対応とホームドクターによる振るい分けで省いている無駄もあるかもしれませんが、最初の判断いかんで、逆に多くの無駄も発生するということです。骨折の場合もそうですが、病院の救急窓口に電話をしても、電話を受けた人がホームドクターでまずは診てもらえ、と言えば、X線の設備のないホームドクターであっても、行かなくては話が進みません。せめて町に1カ所でもいいし、ホームドクターセンターには、X線が撮れる設備と技師の確保をして欲しいと思っていますが、それも無理なようです。

公立の病院の救急に、骨折の患者が何人も待っているのもおかしな光景です。指の骨折でも大きな病院の救急でしかX線は撮れないし、対応もしてくれません。その同じ窓口に、大けがをした人や、心臓マヒで運ばれて来る命に関わる人たちもいるのです。

病院の救急の窓口に行っても、命に関わることではないと、まず聞かれるのは「ホームドクターには行ったのか?」という質問です。行っていなくて、直接電話だけして来た場合には、「なぜ直接来た?」と必ず言われます。「電話して、来ていいと言われたから来た」と言えばそれで収まりますが、毎回この問答には疲れます。

雪融けの頃、森でチェーンソー使って作業していた夫の継父が、指を切ってしまい、私が車で病院の救急窓口に運びましたが、継父は「こんな大けがをしても費用は一切かからないんだからありがたいよな」と言っていました。確かにその通りです。大けがをして何針も縫ってもらっても、費用は一切かからないし、お金の心配をしなくてもいい。あとのリハビリまで面倒を見てくれます。

ありがたいことと歯がゆい思いが同居する医療システム。利用する側がその利点と欠点を理解して、ケースバイケースで判断ができる知識や蓄えも、多少は必要だと感じるこの頃です。

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