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Vol.206 乳腺外科医裁判逆転有罪高裁判決を受けて~ (4-2)

医療ガバナンス学会 (2020年10月17日 15:00)


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この原稿は「診療研究」10月号からの転載です。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_205.pdf
(※こちらから全文お読みいただけます)

いつき会ハートクリニック
佐藤一樹

2020年10月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

第二章 各論

0.犯罪の前提と事件の概要と裁判上の事実
刑事裁判において追求されるべき「真実」は、当事者の間での「検察側、弁護側ともに認める事実を真実とする」といった形式的真実にとどまらず、客観的・実質的な真実が重要になる。例えば、各証拠に照らして「『Aの訴える事実』は真実なのか否か」といった争いである。
そこで最初に、筆者が傍聴した法廷証言や原審と控訴審の裁判所が認める事実と、警察や検察が発表しメディアが報道したデマ、あるいは真実でない事実を明らかにしておく。(括弧内は筆者の意見が含まれる。)

(1)事実経過
2009年10月からAは被告人を主治医とし2012年12月に右乳腺腫瘍切除手術(1回目)を受けた。本件手術はAが被告人から受けた2回目の手術になる。2016年5月10日午後13時30分頃にAが手術室入室。手術は14時00分から32分間、麻酔医の裁量で、鎮静薬としてプロポフォール(麻酔救急医療の専門医である帝京大学医学部名誉教授福家伸夫医師の評価で、通常の約2倍)、鎮痛薬として笑気とセボフルレン、および、ペンタゾシン、ジクロフェナク座薬(同医師評価で鎮痛薬投与量が少ない)により時間は13時35分から14時42分までの67分間。14時45分の病室帰室時にAがしきりに痛がり、手術室の看護師は「ふざけんな、ぶっ殺してやる。」という声を聞いている(控訴審では看護師は弁護士や病院関係者との会話からこれを言い出したので、信用性がないと判断した)。

この時、麻酔終了わずか8分後の14時50分には鎮痛薬のロピオン50㎎を15分間で追加投与(筆者は、もともと心臓外科専門医で手術経験数は数千例あり、全例術後管理を集中治療室などで自ら行った。心臓麻酔医としての主麻酔医の経験も300例近くあり、自らロピオンを投与された経験を持つが、この影響を一つのポイントと考える。しかし、裁判官も弁護人も無視している点が残念である。麻酔科専門医や外科医が軽視されたことが関係したと推察する)された。なお、カルテの記載上、「術後覚醒良好だが、創痛強く、14:55 ロピオン投与」と記録されていた。(控訴審ではこのロピオン投与直前の「覚醒良好」の記載が過大に評価され、一審では「半覚醒」と訂正して証言しているが、これも控訴審で信用されていない。)また、「せん妄」という文言はカルテにはない。しかし、看護師は患者の表情、状態、行動、言動が記載してあれば、せん妄であろうがなかろうが、断定的な診断をカルテに記載する必要はないと証言している。(医師ではない看護師が無用な診断を明記しないのは、臨床現場では当たり前の話である。)なお、カルテには「不安を訴え頻コール」「号泣」「不安言動」の記載があった。

術後で看護師らの出入りが多く一般関係者も出入り自由で、常時扉が完全開放されている6m未満四方のカーテンで仕切られた満床の4人部屋で、Aがナースコールを右手に握らされた状態で、ロピオン投与5分後の14時55分から15時12分の17分間に、被害を訴えるAの供述によれば、被告人は、Aの乳首を舐めて吸ったりし(場面1)、さらには、Aの母がカーテンの直ぐ近くにいる状況下で、Aを見ながら術衣のズボンを下ろして左手でAの衣服を持ちながら右手で陰茎を触って自慰行為をした(場面2)という。その内容は具体的で迫真性に富んでいて、Aはその後から現在まで場面1,場面2を大筋で一貫して訴え続けている。

しかし、場面1は衝撃的な経験であるはずが、母(C)に「寝なさい」言われた後、あっさり寝た。その直後に気づくと場面2になっていたという。
場面1に気づいたのは、「左胸に違和感を感じた直後には・・これは診察しているのかな、・・いや、そんな診察は絶対にないし、と思って、頭の中でいろいろな事を考えました。」舐められたと感じて、「右手で左胸を触ったら、唾液がベッタリついて、ああ、と凄く確信しました」という。つまり、リアルタイムで被告人が胸を舐めている現場は見ていなかったが、感覚と後に右手に唾液がついていたから、被告人が舐めたのだと確信したという話である。

しかし、5月17日、7月25日の警察調書にはこのような供述はない(アミラーゼ鑑定は6月9日)。受け持ち看護師も母もそのような訴えは聞いていない。このエピソードがあるのは、2年も経過した突如言い出したAの法廷証言が唯一である。これに対し母CはAが指で胸を拭って唾液を確認する動作をしたことはないと証言した。
なお、Aは上司だという男性Dに以下のLINEメッセージを2通送った。15時12分ごろ「たすけあつ」「て」「いますぐきて」(メッセージ1)15時21~22分頃「先生にいたずらされた」「麻酔が切れた直後だったけどぜっいそう」「オカン信じてくれないた」「たすけて」(メッセージ2)。メッセージ1は覚醒が良好であれば「助けて、今直ぐ来て」でタイプミスが2回、送信ミス2回、変換ミス1~3回、メッセ―ジ2は同様にタイプミス2回、送信ミス1回、変換ミス0~2回と思われる。

(2)ウエッブサイト上で誤解されている真実ではない事実

ア.被告人が撮影したAの胸部写真

「被告人は、Aの上半身を裸にして顔を入れて10数枚の写真を自分のコンパクトデジタルカメラで撮影したのは、Aに対して性的関心があったからではないか。」という憶測がされ流布されている。
しかし、1回目の写真撮影は病室で看護師とDまで同席しているときで、胸部のみの写真4枚。2回目は、手術室で複数の医師や看護師が同席していた。Aは手術キャップをかぶり、下方向いた状態の顔が入っているものは何枚あった。2回で延10数枚、いずれも、手術切開線のマーキングを施した状態で、術前術後の整容比較を行う目的で、正面だけでなく様々な角度で撮影した。性的関心があれば、マーキングのない無垢な状態での胸を撮影するだろう。
そもそも、被告人は2009年からこの日まで6年以上もAの主治医を担当し、2012年には一回目の手術もしているのだから、性的関心で写真撮影をするのであればいくらでも可能な機会があったが、そのような写真は一枚も撮影されていない。

Aは、手術3週間後に「水着モデル」(水着販売のためのモデルか、水着を着た状態でのDVDや動画出演のモデルかは不明)の仕事があるという理由で、皮膚切開を自ら指定し、術後の整容状態を気にしていた。このため、仮に術後クレームが上がったときのために、術前術後の左右のバランスを比較するために、正面、横、斜めから多く撮影するのは当然であり、撮影時に顔が入っても医学的目的以外で撮影されたとは言えないと、整容性を維持する乳房手術の専門書を執筆した矢形寛埼玉医科大学総合医療センター教授が証言している。実務上正しいと評価され、Aに対して性的関心があったとはされていない。

イ.Aの乳頭、乳輪を拭ったガーゼの残り半分

「警察のルールでは、資料のうち検査で使用された試料を以外、本件ではガーゼ残り半分を保管することになっている。だから、科学的証拠が失われた訳ではなく、改ざんもない」と検察官と同様にAの関係者も主張しているらしい。
反証可能性 (批判可能性)とは、「誤りを確認できるということ」であり、「科学的理論は自らが誤っていることを確認するテストを考案し、実行することができる」という科学哲学の基本概念である。科学と異なり、疑似科学・伝統・経験則などは反証可能性を認めず、そのため自らが誤る可能性を認めない。自らが誤っているか否かを確認するテストを考案できない検証不可能な説明で言い逃れようとするといった特徴がある。一見すると科学的な情報であっても、その情報が反証可能性を認めていなければ、その情報は科学の領域から捨てられることになる。

刑法における謙抑的司法の精神からすれば、「真実と疑いなく信じられる証言及び科学的手法で黒だと疑問の余地なく証明されない限りは無罪」が大原則である。犯罪学において、捜査側が証拠作成段階で不正があれば、無罪とされる。アメリカンフットボールの有名選手であったシンプソンが犯したとされる殺人事件では、血液を採取した後の警察の管理が杜撰であったことをもって、正しくDNA鑑定が行われていない可能性があるとされ、無罪になったことはよく知られている。
千住警察署の証拠物件出納表では、どのような製品で、どの範囲をどのような時間と力をかけて拭ったかよく分からないガーゼ資料が「出庫」したのは5月12日で、科捜研の検査係は6月9日の返却まで、ガーゼ資料の検査試料以外の残りの半分を保管していたらしい。しかし、その保管方法は全く不明である。さらに、6月9日返却のはずが、証拠物件保存簿の「返納月日」は「6月27日」となっている。これを記録した警察官も、実際に受け取ったかの記憶もなければ、持ち出した人物も受け取った人物の氏名の記載がない。実際に「ガーゼ残りの半分」の同一性を立証する証拠もなければ、立証自体もされていないのである。

検察官は、「本件ガーゼ(資料)を半分に切断したものは、残されている(千住警察に戻した)」「『試料』は『該当資料』から採取して分離した物のであって、現実の再現(再度鑑定)可能性は維持さている」と主張している。しかし、一審の無罪判決で、検察の行った「DNA検査および鑑定」の正確性の立証が否定され、とことん批判されているであるから、その残った半分のガーゼを第三者機関に任せて再度鑑定を行ってしかるべきであろう。
また、検察官はDNA型鑑定を行った科捜研研究員の経験数行ってきたから、その技術水準、技量に問題はないとしている。しかし、経験数と正確さの水準や技量が適切であるということが一致するという考え方自体が非科学的である。何回やっても、不適切な検査であれば科学的根拠にならない。

ウ.DNA定量検査

「Aの乳首や乳輪を拭ったガーゼ資料をつかった試料でDNA定量検査を行った結果で多量のDNAがでたなら動かない証拠だ」という人がいる。
この主張は、今日のSTR型検査を原理とする「DNA型鑑定」が分かっていない。「DNAの定量」は警察署が科捜研に依頼した鑑定事項に含まれていない。鑑定書にもDNA定量検査結果は記載されていない。科捜研がガーゼ試料から依頼を受けたのは、「DNA型鑑定」だけである。その過程での「DNA定量検査」は「DNA型検出検査」の準備行為でしかない。
STR型検査を原理とするDNA型鑑定は個人識別に関しては極めて高い精度を持つ。しかし、それは「DNA型検出検査」のみに当てはまり、「DNA定量検査」を評価するには直接関係ない。試料からは被告人のDNA型が検出されたが、ただそれだけを示すもので、量を評価するものではない。

「DNA定量検査」は、標準資料と鑑定資料の比較よって初めて定量できる方法である。本件検査過程における標準資料の増幅曲線や検量図は自動的に記録されるものであり、デジタル保存には大した容量もいらないはずだが、科捜研は遅くとも同年8月頃までにわざわざ消去した。
同様に、同年9月に検察官から本件での重要性の説明を受けていたにもかかわらず、抽出液の残余は同年12月頃に破棄した。また、DNA定量検査の結果を記載するシートは鉛筆書きで、消しゴムで消した箇所が9カ所、うち7カ所には鉛筆で上書きがされていた。

なお、被告人は病室では、Aの両胸部を触診し分泌物の確認目的で乳首も触診しながら、説明のために話しをしている。手指に付着した被告人の細胞やや唾液飛沫がAの健側胸部に付着しても何ら不思議はない。

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