医療ガバナンス学会 (2020年10月30日 21:13)
星槎国際高等高校 高松学習センター
剣道コース監督 山下渉
2020年10月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私は幼少より剣道を学んでおり、高校時代には日本一を目指し、出身である香川県から剣道の強豪校として知られる茨城県の水戸葵陵高等学校へ進学した。部活動では3年間毎日、朝夕問わず厳しい稽古に励み、その成果もあり3年時には夏のインターハイで日本一を果たすことができた。大学は筑波大学体育専門学群へ進学し、剣道の更なる競技力向上や、多くの文献から歴史や発展してきた背景について知見を深めることで専門性の向上に努めた。勉強と部活動を両立させることは容易ではなかったが、一流の学生や指導者が集まる環境で学べたことは大きな財産となった。
重ねた経験が実を結び、4年時には全日本学生剣道優勝大会において主将で大将として日本一を経験することもできた。卒業後は地元である香川県の県立学校で講師を勤め、現在は星槎国際高等学校高松学習センターで勤務をしている。星槎国際高等学校は約40年にわたって多くの子どもたちと関わってきた星槎グループ・学校法人国際学園の理事長である宮澤保夫氏によって「人を認める」「人を排除しない」「仲間を作る」の3つを理念として掲げ、1999年(平成11年)に開校された広域通信制高校である。
あなたは「通信制高校」といえばどのような学校をイメージするだろうか。多くの人は「全日制高校」いわゆる普通の高校に進学しない人が行き、「毎日のように通わなくてもいい高校」というイメージを持つ人が多いのではないか。確かに2020年度の通信制高校の生徒数は約20万人であり、約300万人である全日制高校からすると生徒数は圧倒的に少ないように思われる。しかし、通信制高校の生徒数は年々増加しており、高校生の約17人に1人が通信制高校へ通うという時代となってきている。「通信制高校」と一言にいっても通学方法は多様なニーズに合わせてあり、全日制高校と同じように通いながら学習をする「5日制コース」、1週間のうち授業日の2日+ゼミ授業を1日選び受講する「3日制コース」、仕事やアルバイト、家庭をもつ人でも月に1~2回といった自分なりのペースで登校しながら高校卒業を目指す「通信制コース」の3種類がある。
近年、通信制高校の生徒のニーズに合わせた教育・支援・環境などは生徒の選択肢の幅を広げ、多くの成功を挙げている。有名なスポーツ選手としては、サッカーの香川真司選手、フィギュアスケートの紀平梨花選手などが代表的である。星槎グループ内でも、四大陸選手権で銅メダルを獲得するなどフィギュアスケート選手として活躍する星槎国際横浜の鍵山優真選手やフェンシングでU-20、U-17の2つのカテゴリーにおいて世界選手権金メダルを獲得した星槎国際川口の上野優佳選手、2019年全日本女子サッカーで全国制覇を成し遂げた星槎国際湘南女子サッカーなど、国内外を問わず多くの選手がいる。
では、学業に練習、国内外への遠征など多忙を極める彼らがどのようにして「通信制高校」でありながらトップアスリートとして満足のいく学校生活を送れているのだろうか。
日常生活のほとんどの時間を練習や遠征につぎ込みたいという生徒は星槎国際高校の中にも1校舎にとどまらず数多くいる。国内だけでなく海外の大会にも参加するなど活動拠点が日々変化する競技や生徒には学校での授業だけでなく、レポートによる課題やオンライン授業を活用していることで、少ない登校日数であっても単位修得に必要となる授業時数やレポート枚数を確保することができている。また、修学旅行や文化祭といった行事への参加や全国の星槎の仲間とオンラインミーティング等をして交流を図ることも彼らが有意義に学校生活を送れている要因となっているだろう。星槎グループ全体が先の時代を行く「生徒が新しいことにチャレンジできる学校づくり」を体現していることは通信制高校だけでなく、現在の高校教育へ大きな影響を与えている。
今回ここで紹介する星槎国際高松の「剣道コース」は2018年(平成31年)に新設されたコースであり、3名の指導陣が指導者、もしくは選手として日本一を経験している。また、当校での学習活動は「通信コース」ではなく「5日制コース」をベースに時間割が作成されており、「教科授業」「ゼミ授業」「体験学習」「部活動」がバランスよく学べるようになっている。剣道の専門的な指導+生徒の学習進度や意欲に合わせて個別に学べるといったハイブリッドなコースとなっている。
では、表題にも記されている「通信制高校」であることと「剣道の専門的な指導」を受けられることからどのようにしてトップアスリートの育成にまで繋げるのか。そのプロセスの一端をお話しできればと思う。
高校剣道の「トップアスリート」と呼ばれる選手を育てるにあたり当校の剣道コースが強みとして取り組んでいることは大きく分けて3つある。
まず1つ目に確かな技術・知識・経験を持つ指導者から受ける「直接指導」である。
当校剣道部の監督であり、高校・大学・社会人と各年代で日本一を経験している山下 渉が実際に生徒と剣を交え、良いところや改善すべきところを肌で感じながら日々、指導をしている。加えて、少年剣道の指導者として道場を開館して僅か3年で子供たちを日本一へと導き、その後、何度も日本一となる選手を育てた実績のある、剣道部総監督の岩部広志によって個々に合った練習内容の中から生徒に課題を持たせて取り組んでいるということは大きな強みとなっており「剣道コース」の核となっている。
2つ目には遠征・合宿や部活動など剣道に重点を置いた「学習時間の設定」である。高校を卒業するためには「全日制高校」「通信制高校」ともに3年間以上在籍し、74単位以上の単位修得が必要である。「全日制高校」では1単位あたり50分×35回以上の授業を受け、定期テストで一定以上の点数を取らなければならない。「通信制高校」では1単位あたり50分×1~5時間分の「スクーリング授業」に加え、必要な枚数の「レポートの提出」や「単位認定試験」を受けて合格することで単位を修得することができる。1年間あたり約25単位を習得することで3年間での卒業が可能となるため「全日制高校」と「通信制高校」では卒業に必要な時間数に大きく差が生まれる。ここで生まれた「柔軟に対応できる時間」を剣道に関する時間はもちろんだが、個々の学びたいことや学習の不足したところの補填としても活用することができる。
通信制高校のしくみ
http://expres.umin.jp/mric/mric_2020_221.pdf
3つ目には指導者と生徒が「対話」をすることだ。せっかく生徒一人一人に合った個別の指導や上達するためのポイントを伝えていても、うまく伝わらずに生徒が理解できていなければ効果は半減してしまうだろう。生徒自身が今、自分に何が足りていないのか、どうすれば課題を克服できるのかを理解することができれば成長は早い。その為にも指導したその場で「指導→改善→話し合い→指導→改善」という流れを大切にしている。
ただ1点、この指導方法にはデメリットもある。それはマネジメントの時間がかかりすぎてしまうことだ。練習メニューや心身の状態によっては、目的や理解に時間を要することもある。だからこそ数多く「対話」し、お互いの理解度をチェックしなくてはいけない。「時間を要する」というリスクよりもそこで得られるメリットの方が重要だ。1つの技や課題について「わかる」「できる」だけでなく、そこに至るまでに「自分なりに考えて工夫すること」や「他人に伝える力」を身に付けることが成長への近道となるだろう。
ではここで、剣道コースで実際にあった「対話」の実践例を紹介したい。稽古や試合の時に「立ち合いの弱さ」「先をかけること」が課題である生徒に「立ち合いでは、相手の上から乗るようにして先に攻めてから打突の打ち切りまで持っていこう!」と指導したことがある。しかし生徒は、立ち合いを避け、得意としている引き技で勝負をしてしまった。「なぜ自分から攻めていかないの?」と聞くと「山下先生の言っていることはわかるのですが、無理して攻めて一本を取られたら取り返せないし、上から乗って攻めて一本を取るという感覚がまだ難しいです」と答えた。普段の練習では常に「相手の竹刀の上から乗るように攻めて打つ」ということを伝えていたので、私は「試合で意識すればできるはずなのに…」と考えていたが、生徒の素直な気持ちを聞くことで納得できた。「その生徒に必要だからといって今すぐに求めすぎたらダメだ。焦らずじっくりいこう」と。この出来事で、生徒だけでなく指導者にも「対話」することが大切なのだと再認識できた。
その後、生徒には「今、ここで打たれて負けるのは嫌だよな。先生も攻めきれずに何回も失敗したこともある。でも今、失敗して打たれても次は打たれないように少しずつ修正することが大事。だから今はたくさん失敗していいんだよ」と伝えた。
それでも打たれたくない気持ちや怖さはあるだろうが、以前とは積極性に変化がみられるようになった。1つずつ課題を克服し、自信に変えることができれば、さらに主体的に取り組んでくれるだろうと期待している。
全ての人に個性があるように剣道においても誰もが個性があり、長所と短所がある。
例を挙げると、剣道の細かい技術や試合における勝負勘というものは備わっているがまだまだ体力や筋力が少なく、集中力が長続きしない生徒がいるとしよう。その生徒には長時間活動してもバテないだけの体力や集中力を持続させるために「不完全休息を取り入れたインターバルトレーニング」や剣道に必要となる筋力アップのための「高強度の筋力トレーニング」、筋力のバランスやブレない体幹を身に付けるための「体幹トレーニング」を行う必要がある。その際にはケガ防止の観点からもオーバートレーニングとならないように負荷や運動強度の設定には十分留意する必要がある。反対に、恵まれた体格であり体力や筋力は十分に備わっているが、技術面や試合経験が乏しい生徒がいるとする。その生徒には、正しい基礎練習の反復、技術面向上のための細かな技を行う必要がある。その際に、指導者が剣を交えて体感したことを直接指導することは最も効果的な方法だろう。また、スモールステップの課題をもたせた実戦形式の試合を数多く取り組ませることも有効な手段だと言える。「通信制」であるということをうまく活かして個々に必要となるスキルを身に付けるために多くの時間をかけられることは大きな強みになるだろう。
私自身、高校時代には強くなるために長く厳しい稽古を年間、約360日行っていた。それが原因となり、授業時間には眠気に襲われることも少なくなかった。また、長い稽古の後に下級生は、汗でびっしょりと濡れた先輩方の剣道具が乾くまで何度も乾燥させなければならなかった。その作業は深夜まで続くこともあり、睡眠時間の確保には気を配りながらも「時間」というものはいくらあっても足りないと感じることが多かった。
当校の「剣道コース」のように、授業時間以外にも遠征先や合宿中など「学びたいとき」に「時間と場所に縛られずに」取り組めるレポートやオンライン授業などの学習システムが整っていること、一流の剣道指導者から「個別指導」で学び、自分がやらなければいけないことに時間をかけることのできるシステムが整っていることはとても魅力的だ。しかしながら、冒頭にも述べたように「通信制高校」は「全日制高校」に進めない生徒が進学するところで「毎日通わない高校」であり「通信教育やレポートのみで単位を取る」といった世間のイメージはまだまだ根強く残っている。実際、私自身もこの職に就く前までは世間のイメージと同じような印象であった。だが、「通信制高校」の実態は前述にあるように、「全日制高校」と同じように学校に通いながらも「自分にとって必要なこと」や「学びたいこと」に多くの時間を使える環境であり、「剣道コース」ではそれに加えて、トップアスリートとなるべく「剣道の専門的な指導」を受けることができるのだ。
今後、中学生が進路を選択するときに、「やりたいけど環境が整っていないから…」や「通信制高校じゃ無理…」とネガティブに捉えてしまうのは非常にもったいない。
「通信制高校だからこそやりたいことができる!」「星槎国際高松の剣道コースだから日本一を目指せる!」と捉え、高校生に与えられた「限られた時間」というイメージが「あらゆることに自由に使える限りない時間」に変わることは大きな意味を持つだろう。
「通信制高校」であっても有意義な高校生活が過ごせ、「剣道の専門的な指導」を受けられ「トップアスリート」となれる環境があるのだと広く知られる日がそう遠くないうちに必ず訪れると言い切れる。その日が一日も早くなるよう、私は発信し続けていきたい。