最新記事一覧

Vol. 197 骨髄・さい帯血両バンクの統合と当事者参加のガバナンス改革に向けて

医療ガバナンス学会 (2010年6月7日 07:00)


■ 関連タグ

―具体的な3つの提言―

構想日本 政策スタッフ 田口 空一郎

2010年6月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


MRIC Vol.133において発表した拙論「さい帯血バンク経営危機から見えた補助金行政の弊害(*1)」には多くの方々からの直接間接の反響をいただいた。関連記事や特集の掲載に当たって何人かのメディア記者の方々から骨髄・さい帯血両バンクに関する取材をいただき、私なりのご意見を申し上げる機会も得た。
しかしそうしたメディア報道などを通じた両バンク問題への社会的関心の高まりとは対照的に、骨髄バンク(骨髄移植推進財団)が公益法人の事業仕分けの対象から外れたこともあって、その運営体制のあり方が公開で議論される機会は当面失われてしまったかのようにみえる。
しかし骨髄・さい帯血両バンクの当時者・関係者によって改革を求める声が一向に収まらないという一事からも(*2、*3)、両バンクの運営体制や財務体制の抜本的改革に向けた公論の喚起が喫緊の課題である。その際の改革の論点を以下の通り3点に絞って提言したい。

1.名誉職と天下り官僚中心型から移植当事者参加型への理事会ボードメンバーの一新
2.補助金依存運営を脱するための移植医療に対する診療報酬制度の抜本的改革
3.大学病院、日本赤十字社、各バンクの既存ネットワークを活用した移植体制の確立

1.理事会ボードメンバーの一新
現在の骨髄移植推進財団の全22人の理事会ボードメンバーを見ると常勤は厚労省から天下った常務理事の平井全氏のみであり、常務理事と並んで理事会の役員を構成する理事長(正岡徹氏・医師)と副理事長2名(齋藤英彦氏・医師、伊藤雅治氏・厚労省元医政局長)はともに非常勤であることからも、平井常務理事の強い権限が予想される。
他方、移植医療の大学教授クラスの医師が理事・常任理事として3名入っているのに対し、患者ないし患者家族を代表するメンバーは常任理事1名のみである。これ以外の14名は日本経済団体連合会(経団連)や全国知事会、NHKなどの政財界のトップや、日本医師会や日本歯科医師会などの医療団体の会長などの名誉職で構成されている。

これに対しアメリカの全米骨髄バンク(National Marrow Donor Program:NMDP)の理事会(Board of Directors)ボードメンバーについてみると、全23人のうち医師(M.D.)が11名、博士号(Ph.D.)保持者が5名(うち2名が医師、1名が経営学修士号保持者)、経営学修士号(M.B.A.)保持者が2名(うち1名は既述の博士号保持者)などとなっており、移植医療の専門家である医師以外にも、マネジメントやコーポレートガバナンスの専門家や経営経験のある民間人が多いことが日本の骨髄バンクと比べての特徴であろう。またより興味深い特徴としては、移植のドナーやレシピエントを経験した理事が6名おり、そのうち1名は4人の役員(Officers)のうちの1人である。

要約すれば、日本の骨髄バンクに欠如している(1)マネジメントやガバナンスの機能、(2)当事者の参加、という二つの問題点を克服する組織上の仕組みを、アメリカのNMDPは有しているということができるだろう。このアメリカの事例を参考に、わが国のバンク改革を議論することは非常に意義のあることと思われる(*4)。

2.移植医療に対する診療報酬制度の抜本的改革
先にMRICに投稿した拙論でも述べたように(*1)、骨髄・さい帯血両バンクの問題点の背景には、骨髄およびさい帯血に診療報酬上の価格が付いていないため、これらを移植する際に輸送したり保管したりするオペレーティングコスト(運営費)をまかなえないことにある。その結果、厚生労働省の補助金(骨髄バンクの場合はこれに加えて移植実施病院からの還流金と患者の負担金)を主な原資にバンクが運営されることとなり、組織の財務上および人事上のガバナンスに大きな欠点をもたらす形となっているということである。

こうした現状を改めるには、すでに標準的治療となった骨髄およびさい帯血等の移植医療を単に診療報酬制度の中に適切に組み込んで良しとするだけでなく、同じように今後先端医療として現れるであろう再生医療や遺伝子治療などの新たな治療技術にも迅速に対応できるような保険収載のシステムづくりが不可欠である。
ある治療技術や医薬品が標準的な医療として保険収載すべきかどうかの医学的な判断が必要となる診療報酬制度を補うツールとして、補助金の有効性を否定することはできない。しかし骨髄移植やさい帯血移植のように、すでに標準治療として定着した治療技術を単年度予算編成の中で計上され、財源として不安定な補助金で提供するということは、社会保障の理念からいって余りに無理がある。一刻も早い抜本的なシステム改革が不可欠である。

3.既存ネットワークを活用した移植体制の確立
骨髄およびさい帯血等の移植医療提供体制の改革に当たってまず必要なのは、(1)骨髄・さい帯血等の移植を行っている大学病院等の高度専門医療機関、(2)移植情報の管理やドナーとレシピエントのマッチングなどを全国単位で行っている骨髄バンク、日本さい帯血バンクネットワーク、日本赤十字社のコーディネート機関、(3)地域単位でさい帯血の保管や移植コーディネートを実施している各地の公的および民間のさい帯血バンク、の移植に関連する三つの既存ステークホルダーを、地域間格差の解消も含めて、利用者の利便性の視点に立って統合・ネットワーク化することである。

その際、現実的に利用可能な事務局機能を担うハード、ソフト両面のインフラ資源は日本赤十字社と全国65の血液センターを結ぶ赤十字ネットワークであるかもしれない。しかし移植医療提供体制の政策立案と運営のイニシアティブについては、先にも記し、また後述するように、あくまで移植医療の専門家、マネジメントの専門家、移植当事者の三者による開かれたガバナンスによって担われるべきである。

次に上記(2)の全国単位のコーディネート機関を一元化することも至急必要であろう。治療法やコーディネートのあり方は多様であって然るべきだが、それらの全体的なガバナンスやマネジメント、また技術レベルの標準化を促す仕組みとして、全国単位のコーディネート機関の運営体制の統合と抜本的な見直しは不可欠である。
とりわけアメリカのNMDPの事例にも見たように、骨髄・さい帯血等の移植医療の専門家、コーポレートガバナンスやマネジメントの専門家、移植当事者(ドナーおよびレシピエントなどの経験者)の三者構成による理事会が全国的な移植医療の政策を立案し、またその実現に向けたアクションプランを作成して、各地の医療機関や地域バンクといったネットワーク内の各機関への情報共有の徹底、また行政との交渉などを担っていくことが期待される。

4.最後に
骨髄・さい帯血両バンクの当時者・関係者からの改革を求める声は、これまでの官僚主導 から政治主導・当事者主権への政策プロセスの転換を求めた民主党政権の理念に近い。しかし当の民主党が生みの苦しみにもがいている様に、戦後60数年掛けて築き上げられてきた官僚制社会システムを打破することは困難を極めている。というのも、官僚制を批判する我々自身が、すでにして官僚制的な社会システムの中で生まれ、教育され、思考してきたからに他ならない。

先のMRICの拙論にも記したように(*1)、筆者の亡父も骨髄移植医療の恩恵に浴した。しかし当時はただその移植システムを受動的に理解し、よもや自分が患者家族という当事者として主体的にその政策立案や運営に貢献したいなどと考えたこともなかった。この当事者としての参加や責任の視点の欠如こそ、既得権益を固守し、またそれが失われそうになれば牙を剥き出す官僚的思考法に他ならないのではないか。そうした「公」に対する想像力の欠如こそ、我々が戦後の高度成長の果てに失ったものではないのか。

ドネーションというパブリックな行為によって成り立つ骨髄・さい帯血両バンク当時者の改革を求める声は、そうした本質的な問題をも我々に突きつけているように思われる。今こそ両バンクの抜本的な改革を実行する時だ。

参考
*1http://medg.jp/mt/2010/04/vol-133.html
*2「日本の移植医療の行方」鈴木律朗氏(名古屋大学准教授)

http://medg.jp/mt/2010/05/vol-171-1.html

http://medg.jp/mt/2010/05/vol-172.html

*3「骨髄バンクに、もう天下りはいらない」山崎裕一氏(骨髄移植推進財団元職員)

http://medg.jp/mt/2010/05/vol-182.html

http://medg.jp/mt/2010/05/vol-183.html

*4 ただし他方の日本さい対血バンクネットワークの理事会(総会正会員)の主要メンバーは医師と移植当事者(ボランティア)で構成されている点で大いに評価できる。しかしマネジメントやコーポレートガバナンスの専門家がいない点は骨髄バンクと同様である。この点が先の宮城さい帯血バンク経営悪化の背景にあるといえるだろう。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ