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Vol.184 ブースターのタイミング:厚労省様、「8か月後」では遅いです!

医療ガバナンス学会 (2021年9月24日 15:00)


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東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻
大澤幸生

2021年9月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 先般、Vol.157( http://medg.jp/mt/?p=10452 )に、ワクチンは3回以上の仕組みづくりに向けて提案を書かせていただいた。最初の2回のワクチン接種と同じ数理モデルでは、3回目(ブースター接種)の効果を見積もることができないので私が新たに新モデルを実装し、その結果を用いたシミュレーションの結果を示し、
・三回目のブースター接種はできれば年内に開始する
・接種の手順とプロセスは国が一律に決めず、医療従事者と製薬会社の裁量を強める
という案を示したものであった。

ただ、その後で少し「数学的で難しい」「二回目から6か月後あるいは8か月後の接種とする方法と、個人ごとに医師が接種のタイミングを判断する方法との比較にはなっていないのではないか」などの声を頂いていた。記述が数学的で難しいというのは、ワクチンを接種して免疫を獲得した体の状態と、自然感染で免疫を獲得した体の状態を分けたので、よく知られているSEIRモデルなどの単純なモデルよりは複雑に見えるからであろう。あとは私の文才欠如だが、これは仕方ないものとご理解いただきたい。今回はこのモデルの構造には立ち返らないのでご安心頂き、興味のある読者は上記の前回の掲載をご覧いただきたい。

しかし、数学的とか複雑とか私の文才よりも深刻なことが発生している。期せずして、厚生労働省から9月17日に、ブースター接種は二回目接種の8か月後から可能とするという案が出されたのである。「ブースター接種をやるというだけまし」との声もあるが、やるなら、そしてできるなら適切な方法をとるべきであろう。そこで筆者は、今回はご批判に答えて前回よりもいっそう簡単に、しかも「二回目から6か月後あるいは8か月後の接種とする方法と、医師により個人ごとに接種のタイミングを個別判断する方法を比較した結果」を示したい。この結果を見れば、上記の厚生労働省の案の問題点もお分かりいただけよう。

今回も、「ワクチンを接種した場合と自然に生活の中でCOVID-19のデルタ株に感染した場合とでは、同じく抗体を得るといっても体は別の状態になる」という考え方に従った予測モデルを用いてシミュレーションを行った。前提として緊急事態宣言を9月末までとし、ワクチンによる免疫の効果は接種一回目で70%, 二回目で95%と内閣官房コロナ室の指定する「上位ケース」に従い、重症化予防についても同様に指定通り一回目で68%, 二回目で98%とした。接種前には感染者に対する重症化の比率は0.7%程度であったとするデータを用いると、接種後に感染した場合は0.04%程度となる。そして、三回目の接種によって抗体が急増するとの情報を信頼し、感染防止の確率は99%、感染した場合の重症化確率はデータがないので二回目程度とした。そして、二回目接種後はワクチンの効果が1~2週間でピークになるが、その後は一日に200分の1(自然感染の場合は500分の1)ずつ感染防止効果は下がるという仮定をおいた。これは、内閣官房のAIシミュレーションでのチームメイトである畒見達夫創価大学教授の設定を取り入れた部分もあるが、私の共同研究者である坪倉正治福島県立医大教授の最近の「福島県の被災地域における医療者と高齢者の、ワクチン接種間隔と抗体保有率についてのコホート研究」の途中結果でもほぼこれに近い知見を得ているようなので、大きな誤差はないであろう。

このシミュレーションでは、この他に
・ブースターつまり三回目のワクチン接種のタイミング:どの国民についても
(1)二回目から180日(約6か月)後
(2)二回目から240日(8か月)後
(3)二回目までに得た免疫を失い、感染可能となった段階
で接種するという3方式を比較
・ワクチンパスポートについて、
(a)ワクチンパスポートを導入しない
(b)導入:所持者は自由に往来し、非所持者は所持者よりも3割だけ人との接触が減る
(c)導入:所持者は自由に往来し、非所持者は所持者よりも5割も人との接触が減る
という比較を行った。計9通りであるが、ここではその一部を図1と2に示す。

図1と図2を細かく説明する必要はなかろう、一目瞭然である。二回目から6か月後にワクチンを打っても8か月後に打っても、新規感染者数の新たな山が2021年の秋から2022年の初頭には始まり、2月には相当な高さに達する。東京都だけでこの段階で再び1000人を超えて最大値で10000人未満に抑える想定は難しい(計算では一日に都内で10万人以上となっているが、非線形現象であるためこのボリュームでの極大値の信頼性は低い)。一方、医師が患者ごとに判断して免疫の弱まりを確認して接種する(3)の場合は、第五波を超えるような第六波は見られない。ワクチンパスポートを多くの人が受け入れるならこの効果はさらに増すが、それよりも「医師が患者ごとに判断」する効果は顕著である。

https://www.panda.sys.t.u-tokyo.ac.jp/trust_doctor1.JPG
図1:二回目から6か月後あるいは8か月後の接種とする方法と、医師が個人ごとに接種のタイミングを判断する方法での新規感染者数の差(東京についてシミュレーション結果)

https://www.panda.sys.t.u-tokyo.ac.jp/trust_doctor2.JPG
図2:二回目から6か月後あるいは8か月後の接種とする方法と、医師が個人ごとに接種のタイミングを判断する方法での重症者数の差(東京についてのシシミュレーション結果)

以上から、一部が前回の繰り返しになっても念を押しておきたい。我が国ではワクチンは政府および自治体といった行政主体が管理しており、医療機関の裁量度合いは低いという。これに対し、上記の結果は、医療従事者の判断を活かすことの有効性を示している。「二回目から6か月で三回目」などと画一化する背景には医療現場における負担への配慮があると主張する人もいるようであるが、筆者の近くにいる多くの医療従事者の意見は違う。筆者の共同研究者の瀧田盛仁医師(元神奈川県立がんセンター医長、現ナビタスクリニック医師)によると、この医療従事者の判断は抗体価を直接見るのではなく、病歴や免疫抑制剤の使用といったその場で判断できる情報でブースター接種を行っていく方向で可能であるとのことであった。

医療者の裁量を強めることのメリットは、ブースターの効果を高めることだけではない。
医療機関が薬の卸会社から直接ワクチンを注文するというインフルエンザワクチンと同様の購入ができるようになれば、国外からの入手も製薬業者同士の交渉となる。この交渉は現場に近い者同士がスムーズであり、現在のように国会議員や政治家では難しい面があるのではなかろうかと、筆者はこれまでの医療従事者(例えば上昌広氏)のコメントから想像している。市場の流れは、やはり市場の見えざる手に任せるのが最も効率的で持続性を発揮するというのがデータ駆動マーケティングやデータ市場設計の研究を基盤としてきた筆者の経験論である。この点は、医療従事者と薬品の事業関係者などでも是非ご検討いただき、速やかに、かつ切れ目のない接種の流れを実現して頂きたいと願うばかりである。

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