医療ガバナンス学会 (2021年10月26日 06:00)
東京理科大学基礎工学部名誉教授
山登一郎
2021年10月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
先のメルマガ記事のシミュレーション紹介部分と疑問の要点を再掲しておきます。よく使われるSEIRモデルを説明しています。
感染可能S、潜伏期E、感染力保有I、回復状態Rですが、これらを未感染S、潜伏E、有症感染F(発熱症状)と無症感染I、回復Rと読み替えます。新規感染者のうち有症・無症割合を5割とします。簡単のために、有症者Fは発熱マークがあり、行政・保険適用検査を受けて隔離されるとします。無症者Iは無症状のため市中に15日~20日滞留します。
本来全感染者である全F+Iを用いて解析すべきはずですが、公表される新規感染者数(有症)Fの情報から実効再生産数を算出、かつその感染者数の消長をシミュレーションしているようです。でもその有症感染者は隔離されており、感染拡大を起こしているのは市中滞留の無症感染者のはずです。FとIが混同されているのではないかと考えました。そこで、疑問・問題点として、1)隔離の効果を考えていない、2)新規有症感染者数の変動から算出する実効再生産数が、本来感染拡大している市中無症感染者の感染拡大に対して同じように使えるのか、の二点を挙げました。
1)隔離の効果について。有症感染者Fは隔離されます。残りの市中滞留無症感染者である全Iで感染拡大しています。Iは感染力保有期間20日程度経てばRになります。そして新規有症感染者Fの20日積算分を全Fとおくと、有症割合5割としましたので、実はこの全Fは全Iと同数になります。シミュレーションすべき対象の全Iは、20日積算の全Fと同程度です。FとIを混同しているように思えたのですが、実はモニタリングとして利用し、20日積算全Fを使っているなら、数値的にはそれほど遠くないシミュレーション結果が得られているのかもしれません。つまり代替と解釈できます。
2)新規有症感染者であるFだけの日々変動から算出している実効再生産数ですが、実は同時に生まれる同数の新規無症感染者の変動を示すとも見なすことができます。その有症感染者は発症してすぐに検査隔離されて感染力保有ではなくなり、感染者数には勘定されないと考えていると解釈しました。すると得られた実効再生産数は、市中全Iの中で起こる感染拡大および有症感染者が全員隔離されるという状況下で得られる市中無症感染者の感染拡大のものと見なしてもいいのではないでしょうか。つまり、隔離の効果もすべて繰り込んだその状況下での対象全体に対応する実効再生産数であると見なせます。その意味で、利用する実効再生産数として有効だと考えられます。
以上、先に挙げた疑問・問題点は、結局それほど大きな欠陥ではなく、誤解だったと考えます。
しかし、混乱を招きかねません。本来は実際に起こっている現象に対応する的確なモデル化ができれば、私を含め、一般の読者も混乱無く、容易に理解できると期待します。
そのためには、やはり隔離される感染者は感染拡大をシミュレーションする計算には参加させず、また実際に感染拡大している市中無症感染者数の情報を用いてシミュレーションすべきだと批判します。
Iの推定値や、特に市中無症感染者数拡大の実効再生産数情報も別途必要になります。それは統計的に意味のある大規模モニタリング検査なり民間自費検査の陽性率から推定可能です。しかし日本では、その情報は公表新規感染者数情報には見えない化されたままなのです。
厚労省には、過不足ない的確な検査情報を収集公開して頂きたいと願います。その上で、隔離や感染拡大している対象を明示的に表現するモデル化を行ってシミュレーションできれば、万民が理解納得できると期待します。
全Fを、市中感染拡大に寄与する全Iの代替として使用しているために、いくつか不都合が出るでしょう。昨年12月からの民間自費検査普及で市中無症感染者の特定隔離も進み、また年末年始、年度末、連休、夏休みなど季節性のイベントで感染急拡大や収縮の際には特に、この全Fと全Iの対応のずれが大きくなるでしょう。するとシミュレーションでは、現実とはかなり異なる結果が出てしまうのではないか、と恐れます。当然公表新規感染者数から求める実効再生産数も、この対応のずれに伴って、かなり実際とは異なる値が得られているのかも知れません。
また、実効再生産数は現象に即して求まる値です。だから報道などでも、「このままの実効再生産数が続けば・・・」とか、「実効再生産数が0.5まで行動抑制できれば・・・」という注意書きの上で利用します。でも一般の視聴者は、その意味をよく理解できているのでしょうか。私は誤解していました。むしろシミュレーション結果のグラフ全体の形を予測と受け取っていました。何故なら、上述してきたように、これまでシミュレーションのモデルと変数の意味を十分に理解できていなかったからです。これでは誤誘導されてしまいます。
現象を明示的に取り込んだモデルを用いてシミュレーションし、その内容の説明をして頂ければ、きっと誤解を招くことはないと期待します。
追記:実際を反映するモデル化の提案
よく使われる表記法では、
S*I,A ->E
E,B ->I
0.5I,H ->F
I&F,C ->R
と書きます。
市中無症感染者Iと非感染者Sの接触で感染、潜伏期状態Eです。潜伏期E(4日とします。調査必要)経過後、無症感染力保有Iになります。そのうち一部(5割としておきます)が数日後(3日後とします。調査必要)有症発熱の感染者Fになり、検査隔離されます。残りのIやFはそれぞれ20日後や30日後(調査必要)治癒Rになります。それぞれの事象の発火確率を、A、B、H、Cとします。
市中無症感染者Iの一部は、民間自費検査などで陽性判明、公的検査特定で隔離されますが、それを無視しておきます。本来は、その隔離部分も取り込むべきです。当然無症者はその感染時期が不特定なので厳密には難しいですが、例えば各時期の無症新規感染者から平均按分されて隔離されるとしてもいいでしょう。
治癒者Rの取扱ですが、Sから排除される、つまり再感染しないとします。ワクチン効果も同様です。Rやワクチン接種者の再感染の効率が分かれば、それも並立させて式を立てなければなりません。
微分方程式の定式化は難しいですが、下記のようなものでしょうか。
dE = aSI – bE
dI = bE – cI – 0.5hI
dF = 0.5hI – cF
dR = cI + cF
dS = S – dE – dR
bやcやhはどんな値にするのか、難しいです。例えば、bをEの4日間平均として、0.25にでも置けばいいのかもしれません。
これでS*IにはFが入らず、有症者の隔離がモデル化されます。またIとFを分けて無症者の存在を明示的にモデル化できます。
または、有症感染者はすぐ検査隔離されるので、無症感染者Iの分だけの式でもいいのかもしれません。必要なのは、市中無症感染者数の情報であり、新規有症感染者数の情報を用いない方がモデルとして分かりやすいと思います。
むしろ差分方程式にすると意味が分かりやすいと思います。
dE(0) = aS(0)I(0) – bdE(-4), (E(0) = dE(-4) + dE(-3) + dE(-2) + dE(-1))
dI(0) = bdE(-4) – 0.5cdI(-20) – 0.5hdI(-3), (他、同上)
dF(0) = 0.5hdI(-3) – cdF(-30)
dR(0) = 0.5cdI(-20) + cdF(-30)
dS(0) = S(0) – dE(0) – dR(0)
この中のbやcやhは1としていいでしょう。
そしてIのデータがあれば、その日々変化と人流の変化の相関から、感染からの潜伏期4日の検証が、さらに新規有症者の日々変化との相関から発症前の感染可能期間3日の検証が可能だと思います。現在公表新規感染者数の変化は人流の変化の約2週間後と言われていますが、ここでは4+3=7日としました。検証が必要です。最後の問題がaの見積もりです。Iの日々データがあれば、その実効再生産数を用いればいいでしょう。現在のところ公表新規感染者数情報の実効再生産数しか無く、それで代用するのでしょう。
さて、日本での大問題です。日本では、市中無症者数が推定できません。ずっとそのことを訴えていますが、政府自治体専門家報道どこも無視します。つまりIが分かれば、この式は簡単に積分できて、ここでの仮定の妥当性を検証できます。
民間自費検査情報の陽性率が収集公開されていれば、市中無症状感染者数の推定が楽です。それから市中無症新規感染者数も算出可能でしょう。それがずっと日本では隠蔽されたままです。本当は“誰でもいつでも”無料でできる統計的に意味のある大規模モニタリング検査がいいのですが、日本では行われません。
これで現象を明示的に表現できるシミュレーションモデルの開発が可能になるのではないでしょうか。
感染激減理由の考察:治癒Rやワクチン効果も取り入れると現状況を予想できます。両者とも、重症化を防ぎ、無症・軽症割合が増えます。例えば、まず感染予防効果で感染確率が1割に減り、その上さらに5割とした有症割合が感染者の1割にでも減ると期待できます。すると有症者への公的検査主体の日本の検査体制なので、見かけ上、ワクチン接種で公表新規感染者数上これまでの50分の一程度の感染拡大スピードに低下するという効果が現れそうです。このことで第五波での急収縮をうまく説明できます。ただし、市中には、これまでのように公表新規感染者数の30-80倍の市中無症滞留感染者がいるという予想よりもっと多く、多分1000倍程度の市中感染者がいると考える方がいいようです。
ただ、彼らの飛散するウィルス量も少なく、周囲の大抵がワクチン接種者で感染影響も低減されていますので、感染しても無症で重症化はしません。日本のこれまでの検査体制のままで、公的検査にはかからず市中に滞留しますが、医療逼迫もさせず、重症化もしないので、むしろ公表新規感染者数が見かけ上低いままに保たれて、国民には安心なのかもしれません。
このままの検査体制、医療体制でも、きっと大きな第六波のピークなど見られず、無難にコロナ禍をやり過ごせそうに期待します。つまり、“誰でもどこでも”検査などしないままでもいいのかもしれません。当然緊急事態宣言や時短休業などはあり得ません。ただし、何度も訴えたように、民間自費検査情報の収集公開は必ず実施すべきでしょう。それで市中感染者が1000倍にもなることが分かれば、その情報共有とワクチン効果を同時に説明することで、国民は十分協力できます。それでこそ科学的なコロナ対策と言えると思います。