医療ガバナンス学会 (2021年12月22日 06:00)
日本バプテスト病院 臨床検査科 中央検査部
中峯寛和
2021年12月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.問題点
体内でリンパ球が増える場合には、炎症(感染症、自己免疫疾患など)なのか腫瘍(悪性リンパ腫あるいはリンパ球性白血病)なのか、をはっきりさせる必要があり、それには特定の遺伝子(免疫グロブリン遺伝子および T 細胞受容体遺伝子)を対象とするサザン解析という検査が役立ちます。この検査で異常がみられない(従って腫瘍とはいえない)場合に、A 社は「遺伝子再構成を認めませんでした」(以下、再構成を認めず、と略)と結果を報告しています。しかし、これは誤りであり、正しくは「遺伝子再構成バンドを認めませんでした」(以下、再構成バンドを認めず、と略)」としなければなりません (1)。
3.A 社との交換文書の要約
i)(筆者 → A 社)「再構成を認めず」との記載を、「再構成バンドを認めず」と改正すべきである。
ii)(A 社 → 筆者)指摘の通りであるが、「再構成を認めず」との記載は、免疫関連遺伝子再構成検査 10 項目に共通するので、社内で対応方法を検討する。
iii)(筆者 → A 社)指摘するように変更しても、10 項目の報告内容に全く影響がないことは明らかなので、速やかに改正すべきである。
iv)(A 社 → 筆者)A 社に関係する複数の血液腫瘍内科医および指導監督医からの見解をもとに社内検討した結果、「再構成を認めず」との文言は、これまで慣用的に用いられ浸透しており、またわが国の学会誌における症例報告でも使われていることから、変更はしないとの結論に至った。
v) (筆者 → A 社)a) A 社の「再構成を認めず」は検査結果の脚色であり、得られた検査結果をそのまま検査委託者に報告する、という受託検査事業の大原則に違反している(関係する法令に違反している可能性がある、とまでは指摘せず)。b) A 社関連の医師は、サザン検査に精通しているとは思えない。c) “慣用による浸透”は、現代医療の方向性とは逆行している。d) A 社自身が誤りと認める検査結果が学会誌に掲載されていることは、改正を妨げる理由には全くならない。それどころか、A 社は論文に掲載済みの誤った検査結果に対する、責任を問われかねない。
vi)(A 社 → 筆者)指摘を踏まえ、「再構成を認めず」とのコメントについて、検査案内書の備考に補足説明することとする。
vii)(筆者 → A 社)これ以上の要望は断念するが、当院患者の報告書については、「再構成を認めず」を「再構成バンドを認めず」と変更した修正報告書を発行する義務がある。
viii)(A 社 → 筆者)当該の修正報告書発行(わずか 1 週間後)。
ix)(筆者 → A 社)半年近くを要した今回の経緯を、とこかに記録する予定である。
4.その後の経過と A 社の最終決定
A 社に「ix)」を通知して間もなく、「再構成を認めず」と記載されると医学的に不都合となる新たな患者に遭遇したため、この結果についても修正報告書発行を求めました。さらに、大手検査所として、これではいかにもお粗末であることから、すべての報告書に改正を反映する必要があると思い直し、以下の文書を送付しました。
x) 厚生労働省による「衛生検査所指導要領」(別添 1)の第 2 章、第 3 節、第 2 項、4, (2) には、「苦情処理に当たっては、衛生検査所が委託元に出向いて、原因等について説明をすることが望ましいものであること」と記載されているが、遵守されていない。また、これまで指摘しているように、再構成がみられるにも拘わらず「再構成を認めず」として報告するのは、検査データの改竄に相当し、受託検査事業の大原則が遵守されていない。以上の 2 点は、関係する法令に違反している可能性がある。
あえて法令違反の可能性を指摘したこともあってか、この文書を送付したおよその 6 週間後に、A 社の担当部長と副部長の訪問を受けました(これまでの文書交換相手は課長)。A 社の結論は「遺伝子再構成を認めませんでした」とのこれまでの記載を、2022 年 1 月から、「ii)」にある 10 項目すべてについて、「クローナルな遺伝子再構成を認めませんでした」に改める、とのことでした。この改正は、筆者が求めていた「遺伝子再構成バンドを認めませんでした」とは、表現が少し異なりますが意味は同じです。筆者が最初に指摘した文書(「i)」)では、いずれかのように改正するよう求めたのですが、 “クローナル” の説明を省くために、本年 9 月の文書 (1) では片方だけ記載したわけです。
面談では、この 2 人とは議論が円滑に進み、文書交換相手とは大きく違うと感じましたが、これは既に結論が出ていたためだけではありません。面談の最初に、2 人とも理系畑出身であることを確認し、幾つか関連する質問をしたところ、いずれにも迷うことなく的確な回答が返されたからです。少し昔に、何かとご教示頂いていたある方によると、この部長は「非常に積極的であり、随分動いてくれたのではないかと思う」とのことでした。なお、「iv)」で「変更はしない」との結論に至る見解を示した、A 社に関係する複数の血液腫瘍内科医および指導監督医の、医学的判断の責任については、次のように考えています。来訪者の説明からすると、これらの医師は恐らく、筆者が指摘する誤りを理解してはいたが、A 社の事情により「変更はしない」との結論に繋がる見解を出さざるを得なかったのでしょう。
5.おわりに
結局のところ、筆者の指摘が受け入れられるまで10ヶ月も要したわけで、最初からこの部長に話が伝わっていれば、もっと短期間で解決できたのではないかと思います。A 社は、筆者が本年 9 月に指摘した「過ちて改めざる、これを過ちという」から、やっと脱却しそうですが、今後は逆戻りせずに、「過ちては、改むるに憚ることなかれ」を肝に銘じつつ、益々発展され地域医療に貢献されるよう願うばかりです。また、今回のことで、組織が巨大化(そして老朽化)すると、縦横の連絡が不良となり硬直してしまう(動脈硬化症を来す)ことを、計らずも経験できたものと思われ、巨大組織ではない当院の上層部にも、改めて反面教師となるように、本件の経過を報告しました。
参考資料
(1) 中峯寛和.臨床検査の一部を受託する衛生検査所の問題点.MRIC(医療ガバナンス学会)Vol. 169, 2021年9月2日
http://medg.jp/mt/?p=10488
(2) 衛生検査所指導要領の見直し等について(平成30年10月30日付け医政発1030第3号厚生労働省医政局長通知),別添 1.衛生検査所指導要領
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000761163.pdf