医療ガバナンス学会 (2022年1月26日 06:00)
わだ内科クリニック
和田眞紀夫
2022年1月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
保健所への通達内容の詳細は知らされていないが、1月21日に行われた小池都知事の定例会見(*3)でも、保健所の業務が逼迫しているので、これからは誰が濃厚接触者に当たるかの判断(これまでは保健所が濃厚接触者認定を行って通知していた)を含めて感染者本人が行って対象者に連絡を取るようにすると説明していた(連絡方法の雛形は後日通知するとのこと)。
(*3)https://news.yahoo.co.jp/articles/8a918a978008437747af2a37f636ea03b0b2d848
ただでさえ誰を濃厚接触者にするかの決定は非常に難しく、当院でもこれまでに濃厚接触者というお墨付きはもらえなかったけれども感染者と接点があったという方のコロナ検査を実施してみると、コロナ陽性となるケースが多々あることを経験している。つまり、現行の濃厚接触者の定義が感染者と非感染者を分けるための線引きの役割を果たしているとは言い難く、この線引きが正しいどうかの検証も行われないままずっと保健所による機械的な作業が行われてきたのが実態だ。本来、濃厚接触者の概念は感染症法に基づいて、感染疑いのあるものを根こそぎ洗い出して隔離するためのもので、そもそもこれだけ感染が拡大した状況の中でなおもだらだらと続けていくものではなかった。濃厚接触者の追跡をやめるのは遅きに失した感があるのだが、ならばそれに代わる検査体制の確立が必要で、必要な人が迅速に検査を受けられるようにしなければいけない。
今回の改定でこれまでよりも多くの濃厚接触者が検査を受けられれば良いが、逆に感染者である個人が踏み込んだ濃厚接触判定や検査への誘導を行うことは非常に困難であることが予想されるし、そうなるとむしろ本来検査を受けられる人が検査を受けられなくなる可能性の方が高い。コロナ検査にしてもこれまでは保健所がどこで検査を受けたらいいかの斡旋業務も行ってきたが、これからは検査希望の濃厚接触者が自ら検査ができる施設を探さなければいけなくなり、ますます検査難民が増大するとともに、見かけ上の新規感染者数が激減する可能性が高い。
このようなシステムの改変がまん延防止等重点措置と同時に開始されるとなると、実際は感染者が減っていないにも関わらず、「まん延防止等重点措置の効果が出て感染が抑えられつつある」と誤って判断されてしまう恐れもあり、その裏で実は深く静かに感染拡大が続いていたりしたらこれは由々しい問題だ。冒頭でも書いたように新規感染者数や陽性率などは感染状況をみる重要な指標なのだから、うわべの数字の変化に惑わされずに正確に評価を下して適切な対応をとってもらうことを願うばかりだ。
そもそもこれまで厚労省やその分科会の採ってきた方針は一貫しており、検査を最小限にすることを貫き通してきた。その理由はいつでも医学的な観点からのものではなく、当初でいえば(実際は存在する)感染者を多くあぶりだしてしまうと医療現場が逼迫するからという理由であったし、今回はコロナ検査の拡大する需要を満たしきれなくなってきたからだ。当初に関して言えば必要なことは検査を絞ることではなくて入院施設の拡充であったし、今回であれば検査体制の整備であるはずだ。管轄下にある行政検査のみに頼っていることが一番の問題で、民間検査を広く活用すればいい。
欧米はともかくアジアの隣国の韓国でもPCR検査は一日85万件まで可能だが、日本では正式なPCR検査を行政検査に限定しているため、たかだか一日20-30万件が限界だ。東京都の昨今のコロナ検査実績を調べてみても、東京都の一日の行政検査数は3日間の移動平均で26277件、7日間の移動平均17275件(1月20日現在)で多くても2-3万件止まりなっている。これでは感染者がさらに増大したらそれ以上の検査は実施できない検査破綻の状態となってしまう。ちなみに日本全体での検査数で見ても最大で25万件ぐらいだが、これには民間検査も含まれている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/861b7029225de6e2ae4d9d58bcde49d496b7069d
最近、濃厚接触者の隔離期間を14日から10日に短縮したばかりだが、濃厚接触者への直接の管理を放棄するということは実質上濃厚接触者の隔離は守られなくなることを意味するのではないだろうか。感染を広げないために必要なことは「濃厚接触者としての隔離」という形の強制ではなくて、感染者もしくは感染の疑いのあるものとしての自主的な自粛ではあるのだが、そのためにも検査で確実に診断することは必須条件だ(「若者は検査せずに診断」などという提言は持ってのほかだ)。検査や隔離の強制はかえって検査を受けようとするモチベーションを低下させるので、自由意思により選択できるようにすることや検査を受けたい人が確実に検査を受けられるようにすることが肝要だ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/49b34138ae5d0661ce2a48cd0b7e1029cd4dd6f0
最後に、筆者が学校医を務める中学・高校では、保健所が濃厚接触者認定した場合には国の決めた隔離期間通りに隔離を励行させてきたが、保健所の認定業務がなくなるといろいろ混乱が生じるだろう。どういう生徒をどれだけ自宅待機させるか、陽性になった生徒の周りのどこまでを検査するか、休ませるのか、悩ましいケースも多々あるのが実情だ。国や都道府県から出ている指示は、手洗いの励行とか、換気とかそんな事ばかりであり、このような具体的な問題に関するマニュアルは一切出されていない。学校がとるべき基準を文科省なりが出してくれると判断しやすいのだが、今はやむを得ず暫定的に学校が保有する迅速抗原検査キットを活用することにして、疑わしい生徒には検査キットを配ってどんどん検査するように指導している。
今こそ必要なことは、コロナ対策の司令塔が誰なのかをはっきりさせ、分科会や厚労省などのひとかけらの専門家がすべてを決定するのではなく、在野の多くの有識者の意見を集約させて、合理的かつ繊細なコロナ対策を打ち立てることだと思われる。
付記1:
オミクロン株はほとんどが無症状か軽症とひとまとめで議論されているが、9割以上が有症と報告されている。また、高い熱が出るのが特徴で、ひどいと40℃ぐらいの熱が出たりることも多い。当院の経験でもこれまでの陽性者の80%が38℃以上の熱が出ており、そういう意味では軽い風邪というよりはインフルエンザに近い印象だ。
https://www.fnn.jp/articles/-/301261
https://news.yahoo.co.jp/articles/6c14e5ebb3502a4327c91d880f01060fc016597f
付記2:
東京都の無料PCRの検査結果が公表されている。1月の2週目まで(12月23日から1月16日)の総計では130,601件検査して陽性疑いの件数は1,710件(1.3%)だが、このうちの約70%が最後の1週間(1月10から1月16日まで)に集中している。この1週間に限定すると47,199件中の陽性疑いは1,173件(2.5%)で、いきなり陽性率が増えていることがわかる。単純計算では1日167件にも上り無視できない数字となっている(医療機関により確定診断されたものではないため、陽性疑い件数と記載されている)。一方、繁華街、飲食店、事業所、駅前、空港などで実施したモニターリング検査の方の結果は、最後の1週間で13,908件中の陽性疑いが127件(0.9%)で、無料PCRの結果と比較すると少ない数字となっている。
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/kensa/kensuu.html
東京都の人口は1,399万人(令和2年10月)なので、陽性率2.5%で計算すると2022年1月時点での東京都の無症状コロナ感染者数は35万人(人口100万人当たりでは2.5万人)と予想され、今週はさらに倍増しているものと思われる(ちなみにJohns Hopkins Universityのデータでは日本の人口100万人当たりの1日の新規感染者数は約300人となっている)。
付記3:
感染者の爆破的な増加により、東京都においても早くもコロナの検査を受けられない検査難民が急増し、また保健所、民間検査機関、診療所のすべてが逼迫状態に陥っていて、検査ができても結果が出るのに数日を要したり、保健所でのデータ入力は遅れ、迅速抗原キットの入荷すら困難になってそのために検査が制限され、コロナ以外の疾病による救急患者の受け入れも困難になりつつある。当院では朝から晩までコロナ診療・検査に追われ、陽性者に加えてその同居家族の検査まで実施する必要があるために、新たな有症状コロナ疑いの方の受診や検査をお受けできずにお断りせざるを得ない状況になりつつある。否が応でも厚労省や分科会が提言する「検査せずに自宅療養」していただかざるを得ないようなひどい有様だ。こうなることが想定外だというのならあまりにも杜撰で無為徒食な危機管理と言われも仕方がないだろう。