医療ガバナンス学会 (2025年7月23日 08:00)
医療ガバナンス研究所 理事
公益財団法人ときわ会常磐病院 乳腺甲状腺センター長・臨床研修センター長
尾崎章彦
2025年7月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
http://medg.jp/mt/?p=13243
http://medg.jp/mt/?p=13246
私たちは、医療機器業界と医師との経済的関係を可視化するために、2024年より医療機器マネーデータベースを構築・公開・運用しています。今回の報道を受け、2人の医師に関して現在公開中の2019年と2020年の当該データベースを検索してみました。
その結果、有吉医師に関する支払い記録は確認されませんでした。一方、中村医師については、2019年に科研製薬から3万4,030円の支払いがあったことが確認されましたが、金額は極めて少額であり、使途も明らかではありません。
このことは、何を意味しているのでしょうか。
比較として製薬業界では、製品を処方する立場にある医師を「講演会の講師」として招聘し、その謝礼というかたちで報酬を支払うことが一般的です。これは単なる金銭的なやりとりではなく、医師の影響力を活用して、他の医療者に対して製品の認知や使用を促進するという戦略的意図が含まれています。
一方、医療機器業界では、製品の使用が一部の手技に習熟した医師に限られることも多く、講演会を通じた広範なマーケティング効果は薄いと考えられます。そのため、企業担当者と医師個人との関係性に依存しやすく、より直接的な「見返り」が交わされやすい構造と言えるかもしれません。
とはいえ、業界全体として見れば、医療機器企業による医師個人への報酬も決して無視できる規模ではありません。たとえば2019年には、66社の医療機器企業が医師に対して支払った講演料、原稿執筆料、コンサルティング料の合計は約50億7,000万円にのぼり、支払い件数は約60,000件に達しました。これは表に出ている数値に過ぎず、今回のように水面下で行われている金銭授受は、おそらくこの限りではありません。実際に事件化されるのは、公立病院勤務医による事案など、ごく限られたケースにとどまっています。
さらに注目すべきは、こうした支払いが特定の医師や診療科に集中している点です。たとえば2019年に最も多額の報酬を受け取ったのは、千葉西総合病院の循環器内科医・三角和雄医師で、総額は約2,297万円に達しました。次いで川崎幸病院の桃原哲也医師が約2,113万円、済生会横浜市東部病院の蜂谷貫医師が約1,934万円を受け取っています。いずれも循環器内科や心臓血管外科の専門医であり、特定の手技系診療科に報酬が集中している構造が明確に示されています。
実際、上位50名の受給者のうち、循環器内科が48%、心臓血管外科が24%を占めており、医療機器企業と密接な関係を築く診療領域の偏在が浮き彫りとなっています。
企業側に目を向けても、報酬の集中は明らかです。2019年に最も多額の報酬を支払ったのはメドトロニック(旧コヴィディエン)社で、約6億8,600万円と、単独で全体の13%以上を占めていました。テルモ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、アボットメディカル、ボストン・サイエンティフィックなど、上位5社だけで全体の約60%を占め、企業間の偏りも顕著です。いずれも心臓領域に強みを持つ企業である点も共通しています。
もっとも、日本における医療機器業界から医師への支払額は、諸外国と比べると必ずしも多くありません。たとえば、米国のOpen Payments Databaseによれば、同国では医療機器企業から医師への年間支払い総額は約990億円とされ、日本との差は約20倍にも及びます。ただし、これは市場規模の違いだけに依らず、情報開示制度の範囲にも起因しています。米国では、講演料やコンサルティング料だけでなく、食事、研究助成金、寄附、株式保有といった項目までもが、個人名とともに詳細に開示されています。日本はその点で、透明性の水準が大きく劣っているのが実情です。
こうした現状を受け、透明性の向上と、透明化に向けた法制度の整備を進めることが、一定の改善策として有効であると考えられます。ただし、透明性はあくまで「可視化」の手段であり、制度の網をすり抜けた収賄行為に対しては、必ずしも直接的な効果を発揮するものではありません。
結局のところ、最後に問われるのは、医師一人ひとりの倫理観とモラルです。残念ながら、極端に高額な金銭を受け取っていたケースや、明確に法を犯した事例など、モラルが著しく崩壊しているケースも存在します。そうした場合には、一罰百戒の効果を狙い、事実を正確に白日の下に晒し、社会に対して明確なメッセージを発信していくことが必要です。それ以外に、現時点で実効性のある改善策は見出せないのが現実です。